第25話:婚約の理由

 屋敷に帰ったときには、アリシアは満腹で倒れそうになっていた。


「た、食べ過ぎた……」

「お腹がこなれるまでソファで休んでるといい。俺はちょっとシドニア公爵邸に行ってくる」

「え?」


「マルティナ殿が心配でな。適当な用事を作って、さりげなく様子を見てくるよ」

「わかったわ」


 正直、アリシアもマルティナのことが気になっていたので、ヴィクターの申し出はありがたかった。

 残念ながら、自分はとても動けそうにない。


「では、行ってくる」


 ヴィクターと入れ違いにトーマスが入ってくる。


「大丈夫ですか、アリシア様。胃薬と水をお持ちしました」

「ありがとう」


 アリシアは遠慮無くもらうことにした。


「お出かけは楽しかったようで、よろしゅうございました」

「あの、トーマス。ちょっと聞きたいんだけど」


 ちょうど二人きりだ。アリシアは前々から気になったいたことを聞くことにした。


「なんでございましょう?」

「貴方はなぜ、私を婚約者にと強くしたの? 正直、違和感しかなくて。いきなり現れたバツイチ女と王子が結ばれるのを応援するなんて……」

「簡単なことですよ」


 トーマスが静かな目を向けてきた。


「二十年以上おつかえしていますが、ヴィクター様が屋敷に連れて帰ってきた女性は貴方だけだからです」

「それは私が酔い潰れていたから仕方なく――」


「ヴィクター様は自分の私生活を屋敷に持ち込むことをこのみませんでした。そして、ツテもお金もあります。誰か信用できる者に貴方を預ければいいだけです」

「で、でも……」


「たった一晩だけの付き合いにするなら、それが妥当です。でも、ヴィクター様は酔っていたとはいえ、わざわざ屋敷に連れ帰ってきた」


 淡々とトーマスが続ける。


「あの方は社交的で人懐っこい一面がある一方、ある一定距離までしか他人に踏み込ませないんですよ。使用人もご自分で選び抜いた者しかそばに置きません」

「そ、そうなの……?」


「だからすぐわかりましたよ。貴方が特別なんだと」

「でも、食事を一緒にしただけよ」

「時間が問題ですか?」

「……っ」


 痛いところを突かれた。

 二年もの時間をかけても何も触れ合わなかった結婚生活を嫌でも思い出してしまう。


「いいえ。時間は関係ないわ」


 トーマスがにこりと笑った。


「あなたがこの屋敷にいらしてから、明らかにヴィクター様はお変わりになりました」

「えっ……そうなの?」


 以前のヴィクターを知らないアリシアは戸惑った。


「きちんと仕事も社交もこなされていましたが、どこか地に足がつかないというか……ふわふわしたところがあって心配だったのですが」


 トーマスがアリシアをじっと見つめる。


「落ち着きがでましたね。しっかり芯があるご様子に私も安心しました」

「……」

「アリシア様がお側にいるからでしょう」

「そうなの……?」

「ええ、間違いなく」


 微笑むトーマスに、戸惑いながらもアリシアは嬉しかった。

 

(少しでも私がいい影響を与えられているならよかったわ……)


 正直、足を引っ張らないか当初はヒヤヒヤしていたのだ。


「とてもお似合いだと思いますよ、おふたりは。では私はこれで」


 トーマスが優雅に一礼すると、部屋を出ていった。


(私は特別なんだと……信じていいのかな)


 アリシアは無意識にペンダントに触れていた。

 なぜか心が浮き立っていた。

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