第15話:ヴィクターからの贈り物
「アリシア様!」
馬車に乗り込もうとしたとき、マリカが黒い髪をなびかせて屋敷から駆けてきた。
「どうされました、マリカ様?」
「あのっ、私……」
思い切ったようにマリカが口を開く。
「私、あなたとお友達になりたいです!」
「えっ……」
「私は元平民だから、お嫌かもしれませんが……」
「そんな!」
よく見ると、マリカは小さく震えていた。
彼女が精一杯の勇気を
アリシアは微笑んだ。
「……私も新しい生活を始めて、まだ友達がいないんです。ぜひ、よろしくお願いします」
アリシアの言葉に、マリカの顔がパッと明るくなった。
「またお誘いしてもいいですか?」
「もちろん」
「我が家にもぜひ遊びに来てください、マリカ殿」
ヴィクターの言葉にマリカがホッとした表情になった。
馬車が動き出しても、見えなくなるまでマリカはずっと手を振って見送ってくれた。
「……何?」
含み笑いをしているヴィクターに、アリシアは問いかけた。
「ほら、余計なお
「そうね……」
マリカは自分のことを偽物だと言っていた。
だが、アリシアにはそれが自分のことのように感じていた。
(離婚されてバツイチ。酔っぱらって知らない屋敷のベッドで目が覚めて、勢いのまま形だけの婚約者……)
まじまじとヴィクターを見つめると、彼は少したじろいだ表情を見せた。
白銀色の髪と水色の瞳をした美しい王子。
この人の隣に自分がふさわしいと、とても思えない。
(マリカ様の気持ちがよくわかるわ……)
アリシアが無言で目をそらせたので、ヴィクターが
「ど、どうしたの? 何か怒ってる?」
「? いいえ?」
「……」
ヴィクターがそわそわと顎を撫でている。
さっきからヴィクターの様子がおかしい。何かに怯えているように見える。
「お二人とも幸せそうだったわね……」
「ああ。あんなに目の前でのろけられることってあまりないな」
今も見つめ合うシオンとマリカが目に浮かぶ。
満ち足りたふたりの姿はまさしく理想の夫婦そのものだった。
(私はあんな風になれなかった)
(そういえば、結婚指輪以外のアクセサリーを贈られたこともなかったわ……)
それこそ形だけの贈り物だった結婚指輪。
なんの思い入れも感慨もなく、ただ形式上つけていただけのアクセサリー。
(
だが、それは二年間の結婚生活に何ら思い入れがなかったことと同義だ。
そう思うと、
(冷たい石のような女だと、よく
(私は……誰かと幸せになるなんてできないのかも)
「ん……?」
アリシアは目の前に白い箱を差し出されていることに気づいた。
「これは……?」
「アリシア、あのこれ」
ヴィクターが小箱を差し出したまま、気まずそうに目をそらせる。
「?」
「プレゼント……」
「は? なぜ?」
驚くアリシアをヴィクターがじっと見つめる。
「……いや、その、お茶会のときにさ、勧められたんだ。シオン殿に」
「何を?」
「開けてみて」
小箱を開けると、中には輝く青い石のついたペンダントが入っていた。
(これはサファイア!!)
間違いなく本物だ。
サファイアは三大宝石の一つで、とても貴重で高価だ。
「よかった、本物だったか。シオン殿を信用して鑑定なしに買っちゃったから心配だったんだ」
ヴィクターがホッとしている。
だが、アリシアはそれどころではなかった。
「こんな高いものをどうして……!」
いや、その前にもっと大事なことがある。
「確か、あなたは宝石が苦手だって……」
「いや、そうなんだけど……。きみの目の色にそっくりでさ。それで思わず……」
ヴィクターが気まずそうにぼそぼそと言う。
「あー、シオン殿の気持ちがわかるー。こんな風に責められたくなくて、言い出せなかったんだろうなあ……」
「だって、私なんかに……!」
アリシアはハッとした。
ヴィクターが真顔になっている。
「私なんか、って何?」
「だって、私、バツイチだし」
貴族社会では離婚は基本的に恥だ。女性なら尚更だ。
「知ってるよ。でも、それがきみの価値を下げるわけじゃないだろ。きみはきみだ」
「……」
アリシアは美しく輝くペンダントをじっと見つめた。
「始まりがちょっとアレだったけど、俺としてはきみとの関係をちゃんとしていきたいと……って聞いてる?」
アリシアはまじまじとサファイアを見つめ、顔を上げた。
「ヴィクター……これって、いくらしたの?」
「は? 今、そんなこと――」
「よく見ると、このサファイア、最高ランクの石じゃない!!」
興奮するアリシアに、ヴィクターは苦笑してペンダントを指差した。
「とにかく、つけてみてよ」
「う、うん……」
アリシアがペンダントをつけると、ヴィクターはふっと微笑んだ。
「すごく似合ってる」
「そ、そう……?」
なんだか急に照れくさくなり、アリシアは唇をとがらせ横を向いた。
「……気に入らない?」
「とても……素敵だわ」
アリシアはお礼を言っていなかったことに気づいた。
「あ、ありがとう、ヴィクター」
思いがけない贈り物は、想像以上にアリシアの心をかき乱していた。
なるべく平静を装うとするアリシアに、ヴィクターが優しく微笑んだ。
「気に入ってくれてよかった」
アリシアは赤くなっている顔を見られないよう、そっと窓の方を向いた。
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