第8話

 学校を出ると、空に浮かぶ月が爛々と輝いていた。夏は日が落ちるのが遅いって言うけど、夕方も過ぎて20時にもなれば太陽は活動を終えて月が顔を出す。

 駅に向かって歩いているのは私たちだけじゃなくて、スーツを着たサラリーマンや同じように制服を着ている学生など歩道はたくさんの人で賑わっていた。人が溢れている道に私と那奈ちゃんは並んで歩いている。


「結衣ちゃんはさ、なんで私なんかと仲良くしてくれるの?」


 ふいに隣を歩く那奈ちゃんが呟いた。


「なんで、か…なんでなんだろう、私もよくわかんないんだけど仲良くなりたいなって直感的に思ったんだ」


 なんで?と聞かれても、特に理由はない。話したい、興味があると思ったらすぐに行動に移してしまうのは私の長所でもあり、短所でもある。そうやってクラスの子達とも仲良くなったし、前の彼氏も私の一目惚れで話しかけたことがきっかけだ。

 多分、私が那奈ちゃんに興味を持ったのは前の彼氏と似ているな、なんて思った。一目惚れではないけど、なぜか目を惹かれたのを覚えている。教室の窓際の席で、ノートに視線を落としたままスラスラとノートにペンを走らせる姿が今でも脳裏に焼き付いている。


「一目惚れ、かな!」


 とても端折って伝えたけれど、これ以上にぴったりな言葉を私は知らなかった。


「え…?一目、惚れ?」

「そう、一目惚れ。那奈ちゃんのことを見つけた時にね、仲良くなりたいって思ったんだ。」


 私の言っていることがよく分からないって目線を隣からひしひしと感じる。那奈ちゃんは私より5センチくらい身長が低くて、斜め方向からの視線がとても痛い。どうやって伝えることが正しいかな、言い直した方がいいのかな、と考えを巡らせていると私より先に那奈ちゃんが口を開いた。


「私はさ、友達もいないしお喋りも上手じゃないよ。奏さんも私が急に間に入ってきて、嫌なんじゃないかな?…なんかすごくネガティブでごめんね」


 さっきあんなに私を見ていた那奈ちゃんは、話し出すと同時に私から目を離して前を向いてしまった。伸びた前髪が那奈ちゃんの表情を隠していて、どんな顔でこんなネガティブなことを聞いてきたのか分からない。ただ、口元がきゅっと結ばれているのは見えた。

 正直、友達がいないことも、お喋りが上手じゃないことも、新しく友達を作ることには関係ない。私はそう思っている。仲良くなって最初の方はみんなよそよそしいことは当たり前だ。お喋りも得意な人もいれば、苦手な人もいる。私はお喋りが大好きでたくさん話すけど、上手く話せてるなんて思ったことはないし楽しく話せたらそれでいいと思っている。

 私は今思ったことをそのまま、全部那奈ちゃんに伝えた。那奈ちゃんは、私が最初に話しかけた時と同じように、大きな目をさらに大きく開けて私の方を見た。


「結衣ちゃんは、凄いね。私のこんなネガティブな言葉も嫌な顔しないで聞いてくれて、アドバイスまでしてくれて」

「え!?いや、そんな、私は凄くないよ。思ったことをそのまま言っただけだし…あ!それと奏のことだよね。奏も奏で別に仲いい友達がいるし、私とはこの前の席が近かったからよく話してただけだよ。だから、そんなに気にしなくていいと思う!」


 那奈ちゃんは少しだけ口角をあげて「そっか、ありがとう」って答えた。あまり笑うことがなくて、いつも表情が変わらない那奈ちゃんを笑わせることができたのが嬉しかった。

 ガヤガヤとさっきより周りがうるさくなってきて、駅が近くなってきているのがわかった。駅まであと少しとなったところで「私こっちだから」と那奈ちゃんが住宅街の方を指さした。

話し足りないなんてことは無いけどなんだか別れ惜しくて、気づいたら歩き出した那奈ちゃんの手を取っていた。


「明日、お昼一緒に食べよ!2人で!」

「え?う、うん」


 私の勢いに押されたのか反射的に返事をした那奈ちゃんに絶対だよと言い、別れた。こんなにも明日が待ち遠しいのはいつぶりだろうか。ただお昼を一緒に食べるだけ、ただそれだけなのに早く明日が来てほしいなんて願っている自分がいる。 どれだけ急いでも、時間は変わらないのに私は駆け足で買い物を終わらせて、いつもの倍の速さで帰路に着いた。

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