第2話 約束
あれから三日が経った。
羽山は毎日、同じ時間に岩崎の元に訪れていた。
「よくめげないっスね、壱先輩」
「浩司がやってくれるって言うまで来るよ」
勝利した際のお願いが何なのか聞いてはみたが「内緒」の一点張り。他の遊びに変えられないか提案したが、そこは譲れないようで羽山は変わらず鬼ごっこをしようと持ち掛けてくる。毎日仮眠を邪魔されて午後の授業に睡魔が襲うようになってきた。岩崎は飲み終えたイチゴ・オレの紙パックを地面に置き、深い溜息を落とした。
「分かりました。やりますよ」
「本当ッ?! やったー!!」
待ってましたと言わんばかりのガッツポーズと嬉しそうな笑顔につられて、思わず口元が緩みそうになるのを慌てて引き締め咳払いした。
「ただし人目は避けたいんで早朝でもいいっスか?」
「おっけー! 六時半ならまだ朝練も始まってないし、明日の六時半でいい?」
「了解です」
朝練の時間を把握していることに疑問を抱かず、羽山を見送った。この時に気付いていれば……と岩崎はのちに後悔することになる。
◆
「お買い上げ、ありがとうございました」
十八時から本屋でバイトしている岩崎の声が店内に響き渡る。
学生や社会人が帰り掛けに寄っていくこともあり、二十時頃まで店内は客で賑わっている。客足が途絶えたところで休憩に入るように言われ、岩﨑は店員専用の通路を通り休憩室に足を踏み入れた。
「……っと、明日の連絡しとかねーと」
羽山との約束を思い出し、慌てて店員が着用する黒いエプロンから携帯を取り出す。発信履歴から早朝のバイト先を探し出し、電話をかけた。
「お疲れさまです、岩崎です。ちっと明日テストがあるんで、配達休ませてもらっていいですか?」
勿論テストは嘘だ。正当な理由なく仕事を休むなど許されることではない為、岩崎は良心の
「あー……何でやるって言っちまったんだ」
休憩室に設置された椅子にどかっと腰を下ろして、携帯をエプロンのポケットに仕舞う。仕事中も考えていたことを、溜息と共に吐き出した。元々押しに弱い所があることは自覚しているが、いくらでも
何となく。そう、本当に何となく。
鬼ごっこをやると言った時の、羽山の喜ぶ顔を見てみたい。
あの瞬間、そう思ってしまった自分がいることが信じられなかった。
「……馬鹿だろ、俺」
案の定ガッツポーズをした時の笑顔を思い出して、頬に差す熱を誤魔化すよう口元を手の甲で抑える。男相手に笑顔が見たいとは何を考えているのかと頭を振り、気を取り直して近くの椅子に置いてあった鞄の中に手を伸ばす。バイトに来る前に買ったバナナ・オレのパックを取り出し、ストローを指した。特有の甘い匂いが漂う。ストローに口をつけ、味わいながら明日の遊びについて考えてみる。
鬼ごっこは足の速さが勝負だ。
羽山の負けん気と身軽さから考えて、足は速い方だろう。
「俺も、遅くはないと思うけどな」
中学生の頃は運動会のリレーで最終選手として走り、三位の状態から一位となりクラスを優勝に導いたこともある。毎朝、新聞配達で足腰を鍛えているし、足の長さも岩崎が勝っている。勝ち目がない勝負とは思わないが、それは羽山とて同じことだろう。勝てない遊びに誘う人はいないはず。
「ま、明日になれば分かるか」
ゲームはやってみなければ分からない。
ちょうど休憩時間が終わり、飲み終えた紙パックをゴミ箱に捨てて、岩﨑は賑やかな店内へと戻っていった。
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