【完結済】夏休みの宿題の一つが、AIを使ってお金を稼ぐことだった

久坂裕介

七月下旬

第一話

 寒い冬が苦手で逆に暑い夏の方が好きな僕でも、暑すぎる日が続いて少しうんざりしていた七月下旬。明日から夏休みだ、という喜びが僕たちの担任教師、宮世みやせ聡子さとこ先生によってくだかれた。彼女はこの、私立紙谷かみたに高校一年二組の担任だ。


 そして今は、上下グレーのスーツを着ている。髪はショートカットで、美人と言える顔立かおだちで目はながだ。宮世先生は木製の教壇きょうだん一礼いちれいすると、話し始めた。


「さて明日から夏休みですが、一つ宿題を出します。それは人工知能つまりAIを使って、お金をかせぐという宿題です。別に、たくさんお金を稼いだ方が良いという訳ではありません。


 一万円以上、稼いでください。そして八月下旬の夏休み明けに、レポートを提出してもらいます。何のAIを使って何をして、いくら稼いだかを書いてください。あ、それと著作権ちょさくけんには十分、注意してください」


 と言い終わると宮世先生は、教室をぐるりと見回した。

「どうでしょう? 何か質問は、ありますか?」


 少しして、クラス委員長の吉弘よしひろ君が手を上げた。

「はい、質問です。どうしてそのような、宿題を出したのですか?」


 すると宮世先生は、ニッコリと微笑ほほえんだ。

「はい。大変、良い質問です。皆さんが疑問に思うのも、無理はありません。なので、お答えします。一つ目は、AIを実際に使ってもらいたいからです。AIは、非常に便利な道具です。色々な事が、できます。これから益々ますます普及ふきゅうしていくでしょう。


 でも、まだ使ったことが無い生徒もいるかも知れません。そういう生徒に、実際に使ってもらいたいのです。でも、著作権などの問題もあります。それらも実際に使ってみて、理解して欲しいのです」


 宮世先生は、吉弘君がうなづくのを確認すると続けた。

「二つ目は、皆さんにAIを使ってお金を稼ぐ体験をしてもらいたいのです。我々は、世の中でお金が一番大事とは考えていません。でも、お金が無いと生活をするのが難しいのも事実です。


 そのために現在、お金が無い人がやみバイトをしてしまう問題があります。それを、ふせぎたいのです。AIを使って、まともにお金を稼げるという体験をしてもらいたいのです」


 宮世先生は、再び吉弘君が頷くのを確認すると一枚のプリントをみんなくばり出した。

「これには、さっき私が話した内容が書いています。もし忘れたりよく分からなかったら、読んでください」


 そうして宮世先生は教壇を下りて、教室を出て行った。「それでは皆さん、宿題をがんばってください。もちろん、他の教科きょうかの宿題も。それでは、充実じゅうじつした夏休みを過ごしてください」と言い残して。


 とんでもない宿題を出された僕たちは、ただただ唖然あぜんとしていた。でも少しすると三十人の生徒がいるこのクラスから、あちこちで悲鳴ひめいが上がった。

「本当にAIで、金を稼げるのかよ?!」

「本当よねー」

「とにかく、やってみるしかないな」


 僕は思わず心の中で、ため息をついた。こんな変な宿題を出されて、充実した夏休みが過ごせる訳ないよ。はあ……。すると僕は、左肩をポンとたたかれた。振り返ると、北浦きたうら正悟しょうごが立っていた。そしてやっぱり、ため息をついていた。


「まあ、気持ちは分かるぞ、優太ゆうた。あんな変な宿題を出されて皆、混乱こんらんしてる。でも、今日も部活はある。だから、取りあえず部活に行こう」


 それを聞いて、僕は頷いた。

「うん、そうだな……」


 そうして僕たちは校舎の隣にある、各部活の部室がある平屋建ひらやだての建物に向かった。そこで陸上部の部室に入って学生服から青いジャージに着替えて、建物の正面にある一周四百メートルのグランドに向かった。


 陸上部の部員数は、約二十人だ。そしていつものように練習が始まったが、僕はうわそらだった。あんな変な宿題、どうやってやればいいんだろう……。


 それでもグランドを軽く走って準備運動をして、それからそれぞれの練習を行った。僕は、四百メートル走で秋の大会に出ることを目指めざしている。なぜ四百メートル走かというと、百メートル走には自信が無かった。


 この陸上部にも、瞬発力しゅんぱつりょくがすごい生徒はいる。僕は彼らに、かなわなかった。そして持久力じきゅうりょくがすごく、長距離を走る生徒もいる。やっぱり僕は、彼らに敵わなかった。だから中途半端ちゅうとはんぱな距離の、四百メートル走を選んだ。


 でも僕は、四百メートル走が嫌いじゃない。中途半端な距離だけど、僕にはそれが合っていた。そこそこの瞬発力と、そこそこの持久力を持つ僕には。それに走っている時は、走ること以外に余計よけいなことは考えなくても良い。僕は、それが好きだった。


 でも今日は、変な宿題を出されたせいで集中できなかった。もちろんタイムも、散々さんざんだった。そして散々なまま、今日の練習は終わった。


 ふと見ると、正悟はハードルを片付けていた。正悟は百十メートルハードルで秋の大会に出ることを目指していて結構けっこう、速い。なので皆から秋の大会で、良い成績を出せるのではと期待されている。


 まあ大会に出場するのは二、三年生が中心だけど、僕たち一年生にもチャンスはある。特にハードルの選手は少ないので、正悟には十分チャンスはある。


 そして今日の練習が終わると僕は、まあ今日は仕方しかたが無い。明日からまた、気持ちを切り替えてがんばろうと思い帰ることにした。そしていつも通り、正悟と一緒に帰ろうと思って近づいた。


 すると、いつもとは違う光景を目にした。一年一組の千五百メートル走で大会に出ることを目指している、江花えばな理央りおさんと正悟が話をしていた。僕は正直、彼女が苦手だった。


 それは、彼女が悪いからではない。いや、彼女は性格も良いし見た目も可愛かわいい。だから彼女はこの陸上部だけでなく、クラスでも人気者らしい。だから女の子が苦手な僕は、そんな彼女といると緊張してしまう。だから、苦手と言うだけだ。

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