スランプ

細蟹姫

スランプ

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「だから、きみは何で関西弁なんだい?」


 夢に出てきたトリそっくりのぬいぐるみのおでこをツンと弾く。

 その横には書きかけの小説。

 ふぅ、とひとつ息を吐き出して、私はペンを取った。


 ―――


 小さい頃から物語を書くことが大好きだった。

 頭の中にしか無い世界が文字を通して具現化し、それが誰かに渡って行くことが楽しくて楽しくて、食べるのも寝るのも忘れて没頭していた。


 それなのに、ある日突然その日は来た。


 書けない。


 頭の中でキラキラ輝く物語が、紙に載せた瞬間に彩を失い音を消す。


 書けない。


 面白味のない文章を書いては消し、書いては消す。


 書けない


 1日に余裕で8000字程の話をかき上げていたのに、気づけばその手は5000字弱を境に止まるようになり、やがてそれは1000字になり、500…400…300


 書けない。


 やがてノートを開くことも、ペンを取る事も、別件でPCの電源を入れる事すら億劫になった。


 頭の中では登場人物が勝手に動き回り物語が進行していくのに、描き起こそうとすればクモの巣を散らすように去っていく。

 そんな拒絶が余計に私を苦しめる。

 悲しいほどに私は、私の中にある世界が、登場人物達が大好きだったのだ。

 彼らが生きる世界、大好きな物語に没頭出来る時間が好きだった。

 その内容がどれだけ悪夢だったとしても、彼らの世界は美しい。

 それを具現化する能力がない事が、書けない現実こそが私にとっては悪夢だった。


「もう無理。書けない。もう書くの止める!!!」


 そう叫んで布団に滑り込み、夢の中へと逃げたのは何度目か。


 こんな時は決まって同じ夢を見る。


 それは小説投稿サイト「カクヨム」のマスコットキャラクター。トリの夢。

 トリの降臨である。


「ツベコベ言わんと書けや!!!」


 まん丸のお目目は一見すると可愛いらしいのだけれど、間近でドアップになると真っ黒で光が無い為にかなり怖い。

 背後から怒号と共ににじり寄って来るのでは尚更だ。


「書かれへんのはジブンのスキル不足やろ!? 文に納得でけへんよって放棄しとる時間があるんなら、納得でけへん原因探してちゃっちゃと書けや! 納得いく文書けるまで、書いて書いて書きまくれよ!! 好きとか言いもて、そんな程度やからキャラに逃げられてんやろ。悲観してんとちゃっちゃと向き合いや!!」


 しかも夢の中のトリは何故か関西弁で早口にまくし立てる。

 手にはハリセン。このハリセンがまた良い音を鳴らす。

 若干の時代遅れ感のあるトリ様がとにかく怖くて「はい。」「ごめんなさい。」と泣きながら真っ白なノートが真っ黒に染まるまで文章を書き続けるしか、選択肢は無いのである。



「…これでこの夢も10回目かな? なんだかんだ、励まされてる自分って単純だよなぁ。でも、やっぱ怖いから関西弁はやめてもう少し優しく寄り添ってくれない?」


 机の上のぬいぐるみをツンとはじくと、愛らしく揺れる。

 以前のイベントで運よく手に入れたこのぬいぐるみは、今では私のお守りだ。


「さて、書きますか。」


 意気揚々と机に向かう。

 今日も思った通りの文は書けない。

 書いては消し、書いては消す気の滅入る作業。

 調べ物の途中で気づけば動画漁りしてたりもしちゃったりして。

 そんな私をトリの黒目がジッと見つめている。…怖い。

 やっとの思いで書いた作品を投稿してみてもpvは残念なもので、自分が否定されている気分になる。


 それでも、書いて書いて書きまくる。


 いつか出来上がった作品に、トリが「称賛に値する」とトロフィー掲げてくれる日が来たらいいななんて思いながら。


 私は今日も物語を紡ぐのだ。


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