地方の奇祭を取材するだけだったのに

かたなかひろしげ

とある、うどん屋にて

「なんだかよくわからないけど、その「ニョホホ神」とかいうのが、今回の現地取材のターゲットなんだろ?」


 徹夜の編集作業明けで、今日はもう帰るだけの俺と同僚の二人は、職場の近所に最近できた『天下無双』という、どこかで聞いたことのある、こってりしたラーメンを出しそうな名前のうどん屋に、ランチでやってきた。

 流石に今日はこれ食べたら、後は家に帰って、寝るだけだ。


「ああ。なんでそれが愛媛の山奥で信仰されているのは、よくわからないらしいんだが、その集落の周辺では、よく知られた話らしくてな。」


 で、その現地に先に入っている作家先生に撮影機材をお届けするのが、我々のお仕事、と。


 あ、うどん届いた。

 ぉぃぉぃ、なんか沼みたいなスープの色してるけど、このうどん、徹夜明けに食べても大丈夫なのか? こってりにも加減ってものがあるだろうに、どうなってんだこの店。

 丼の中では、鶏油チーユだろうか? スープの表面を黄色い油の層が5mm程、膜を張っており、蠱惑的に旨そうな香りを放っていた。


「それはまあいいんだが、そのニョホホ神?ってのはなんなんだよ。名前的に仏教とか神道ではなさそうだけど。」


 ああ。俺、血糖値やばくて食事制限してるの知ってるよな。徹夜明けにこんなん喰ったら、間違いなく気絶するぞ。

 とはいえ、昨晩から何も食べていない俺のぽっちゃり腹は、大至急カロリー補給を要求しておられる。その命令には逆らえない。


 心の中でそんな言いわけを思いながら、てらてらと輝く油で表面をコーティングされた、手打ちうどんを箸で持ち上げて、俺は答えた。


「ああそうだな。祀られてる神は他にも、オポポ神、ポペペ神がいて、三柱と呼ばれているらしいぞ。無病息災の祭りらしい」


 俺の糖尿気味な内臓も直してくれればいいんだがな。


 などといいつつ、うどんの上で激しく自己主張をしている豚肉の塊肉を、箸で突きほぐすと、ほろほろと肉が崩れていく。見た目こそジャンキーなうどんだが、料理人は良い仕事をしているようだ。


 血液の塩分濃度が一気に上がったのが、いますぐにわかりそうな味だ。疲れている時には、こういうものが一番旨い。身体には悪いが、今はもうこれでいい。



 ───その後、一日開けた朝、俺と同僚は、くだんの寒村まで到着していた。


 三月とはいえまだ積雪が残り、山間から吹き降ろされる風は肌を刺すように冷たい。


 太い黒縁眼鏡をした、作家先生と合流し、撮影機材を手渡したところで、好々爺といった風情の作家から面白い提案があった。


「どうせこの後は後泊して帰るだけなんだろう? それであれば今夜の祭りに参加していくというのはどうかね? みたところ、予備のカメラも持ってきているようだし、なんなら撮影をしても面白いかもしれないよ」


 今夜はこの村に一つしかないという宿に帰っても、どうせ酒飲んで寝るだけではあったので、このありがたい提案に、俺たちは乗っかることにした。主催側への取材の許可は、先生がついでに取っておいてくれるらしい。ありがたい。


 夜も更け、神社の篝火かがりびには、煌々と火が灯され、深い山の中の境内を明るく照らしている。この景色だけを見る分には、充分に神々しくも思え、昔の村人が信仰の対象としていたのも頷ける。


 ただしそれは、祭祀の中心を担う舞手が、鶏のかぶりものを頭にかぶっているという、良く言えば奇抜な、素直に言えばいささか滑稽な恰好さえしていなければである。



「おぽおぽ! おぽぽぽー!!」


 境内に作られた舞台の上では、腰蓑を巻いて、上半身裸で頭には鶏のかぶりものをした男が、奇声を上げながらダンスを始めている。


 その周囲では、村の人たち、とはいっても小さい村なので、精々数十人程度だろうか。それらの観衆が息をのんで激しいダンス(それはもう見た目からは想像もつかないほど激しい腰の動きの)を、熱い目線で見つめていた。なんだろう、これは、なにか不思議な見ごたえがある。



「ぽぺっぽー! ぽぺぺぺー!!」


 オポポ神の踊り手が舞台を降り、次のポペペ神の踊り手が今は舞台で踊っている。


 こちら、先のオポポ神の踊り手と見た目に変化があるわけではなく、同じような衣装で同じような踊りを踊っているのだが、踊りのリズムが先と違って、圧倒的にスロー気味であり、まるで違う印象を受ける。これはオポポ神の踊りとの対比による効果というわけか。


 さあトリの降臨だ。


 ニョホホ神の躍り手が出てくるぞ。


「にょほほー! にょほほほほほほほほほぉぉ!!」


 怪しげにダンスする鶏の被り物をした・・多分、前の二人の踊り手と違って、今回のあれはおっさんだろ、中の人。


 先の本格的な舞踏と異なり、これは、ダンスというより、どちらかというと、下腹がふっくらした半裸の中年男性が、鳥頭をかぶって奇声を上げながら、激しく首を振っているだけに見える。くるっくー


 気が付けば、周囲の村人はリズムに合わせて、頭を上下させ始めている。

 ヘビメタであればヘドバンということになるのかもしれないが、これは、おでこを振り下ろさず、顔をまるで鶏のように上下にしているだけなので、ヘビメタの人にこれをヘドバンだと言ったら怒られるに違いない。いや、今はそんな話はどうでもいいか。


「にょぽぽぽぽぉぉー!」


 その鶏頭が、奇声をあげながら、カメラを構えて撮影している俺の方に近づいてきた。ちかいちかい。


 鶏頭は、何故かその手に、いわゆるチキンレッグを持っており、やおらそれを俺の前に突き出した。


「にょぽぉー!」


 貰った。断れないよな、これ。村の人、みんな首を縦に振りながらこっちに全注目してるし、うん、断れない。


 ふと、香りに気が付き手元のチキンレッグを見てみれば、なんだか美味しく焼けている。


 これは・・よくある地方の祭りとかだと、こういうの貰った人が今年一年、幸福になったりするやつ?なのかな。


 ───でもどうしてチキンレッグだ?


 あ、鳥頭がなにかジェスチャーしてる、えーっと……なんか手を口に持っていって、ああ、このチキンレッグ、今食べないといけないのね。誰か説明してくれ頼む。作家先生どこいったー? あと、この様子を見て、俺からすっと1m後ずさりで離れた同僚、後で酒おごってもらうからなー。


 覚悟を決めた俺は、醤油味のついたチキンレッグに豪快にかじりつき、それを平らげた。もちろん、食べている間も、ダンスしているおっさん鶏から熱心に見守られながら、チキンをかじるわけなので、随分と居心地が悪かったが、チキン自体は謎に旨かった。地鶏に違いない。


「にょぽぽぽぽぽぉー!」


 祭りはここで最高潮らしく、いつの間にか周囲には熱い目で見つめる村人が詰めてきており、身動きができない。こ、これはなにか雰囲気がヤバい。


 ───はっ!?


 途端に霞がかっていた意識が覚醒した。

 どうやら悪い夢を見ていたらしい。気が付けば、俺は布団の中で寝ており、手元のスマホが明滅している。


 スマホには後輩からのメッセージが入っていた。


「うどん屋で倒れたので、ここまで連れてきました。超大変だったので、今度酒おごってくださいね! あと、明日からの取材の待ち合わせ時間にも遅れないでください!」


 げっ。もう夜かよ・・

 徹夜明けにあんな高カロリーなもの喰うから、血糖値スパイクで気絶しただろ、これ。とりあえず、同僚にはお礼のメッセージ返信入れとくか。


 ん?なんで俺の手元、こんなにべたべたしてるんだ?


 やおら見れば右手には、しっかり骨だけになったチキンレッグが握られている。

 こ、これはさっき夢の中でみた・・いやいや、それはありえん。

 俺はゴミ箱にチキンレッグの骨を放りこむと、明日の出張への準備をはじめることにした。あ、ウェットティッシュも持っていこう。



 ───その年の健康診断では、何故か俺の血糖値が問題ない値まで下がっており、健康体です、本当に去年の血糖値は正しかったんですか?とまで医者に言われたというのは、また別の話。にょほ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地方の奇祭を取材するだけだったのに かたなかひろしげ @yabuisya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画