第28話 来客たち4
近距離で、ネイトが男と目を合わせて数秒後、男が木剣を大きく薙ぎ払った。
ネイトは素早く反応し、剣先で受け止めようとする。
しかし、大人の力は強かった。受け止めきれないと即座に判断すると、そのまま力を受け流す形で大きく後ろへと後退する。
「いい動きだ」
男は感心した様子でネイトの一連の動きを褒め称えた。それに対し、ネイトは不快感たっぷりに顔をしかめる。
男はネイトの本気が見たいため、力を抜かずに攻撃を仕掛けてくるだろう。
(こいつ、魔法を使う方が得意だった。剣術はそこまで秀でていなかったはずだけど、それでもやっぱり、今の俺で勝てる相手ではない)
そうなると防御に比重を置くことになるのは確実で、全力で避け続けなければ、言葉通り痛い目に遭わされるだろう。
余裕などないこの状態で、体に染みついてしまっている戦いの勘まで隠しきるのは難しい。避け方ひとつとってもだ。
(……見抜かれるな。なら仕方ない)
諦めにも近い感情がちらりと顔を出し、ネイトは小さく笑ってから、開き直るように木剣を構えた。
にやにや笑っていた男も、ネイトの雰囲気が変わったのを感じ取り、表情の温度を一気に落とす。
ネイトの足が地面を蹴り、真っすぐ男へ向かっていく。男も剣先をネイトに定めて、眼光鋭く迎え撃つ。
男の足に向かってネイトは剣を振るう。男は後ろに飛び退いて避けて、間髪入れず、ネイトに向かって木剣を振り下ろした。
しかし、振り下ろした先にネイトはいなかった。
ネイトは小さな体を生かして俊敏に男の後ろへと回り込み、跳躍と共に剣を振りかぶる。
肩越しに振り返った男と再び目が合った。
ネイトは決して目をそらすことなく、躊躇いなく顔面目掛けて剣先を振り下ろした。
寸でのところで男は避け、そのまま一歩、二歩と後退する。
ネイトは着地と共に素早く木剣を構え直し、男を見据えた。
「先の一手も考えながら動けないようじゃ、俺の先生としては失格。もう帰っていいよ」
ただただ男は唖然としていたが、小馬鹿にするように発したネイトのひと言で顔を赤くさせていく。
「このガキ!」
一瞬で怒りが沸点に達してしまったらしく、男はネイトになりふり構わず攻撃を仕掛けていく。
力任せに繰り返し振り下ろされる剣を、ネイトは俊敏に避けたり、剣で受け流したりしながら、ことごとくかわしていった。
子ども相手に優位に立てず、男は舌打ちをする。
ネイトは冷静に剣筋を見極めながら動いていたが、男が大きく木剣を振り上げると同時にハッとし、一気に後退する。
炎をたなびかせながら剣先が空を切った。
男が木剣に炎の魔法を纏わせて攻撃してきたのだ。
魔法には魔法で対抗するのが有効とされているが、まだ魔法を上手く発動できないネイトにとっては最悪の展開でしかない。
やれるかどうかではなく、やるしかない状況に直面し、ネイトも火魔法を剣先に纏わせる。
いとも簡単にやってのけたことに、男だけでなく、ミラーナとジョセフも驚きを隠せない。
(どこまで持ち堪えられるか)
炎と火という時点で魔法のランクに差がある上に、ネイトの魔力は不安定だ。
何度か男の剣先を受け流したところで、まとっていた火が消滅してしまい、同時に体力も消耗させられ息が上がる。
足元がふらつき体勢を崩しながらも、ネイトは男が振り下ろした剣を剣先で受け止めた。
鍔迫り合いになり、力に押し負けそうになったところで横から炎が放たれた。
その炎によって無理やり分断されられる形で男は後退すると、横やりを入れてきた相手、ミラーナを睨みつける。
「邪魔するな!」
「いいえ、そこまでです。これ以上は許しません」
ミラーナはネイトの前まで素早く進み出ると、相手は自分だと言わんばかりに男へ鋭い眼差しを返した。
そして、攻撃態勢を取ろうとした男に向かって、躊躇いなく炎を放つ。
「聞こえませんでしたか? 私、許しませんと言いましたけど」
ミラーナの攻撃は、男の動きを完全に封じた。
その上、ネイトの傍らにはいつの間にかジョセフが立っていて、彼も即座に魔法で応戦できるように軽く身構えている。
分が悪いと感じたのか、男は悔しそうに顔を歪めた。
ネイトは殺気立ったミラーナとジョセフを順番に見てから、自分の木剣へと視線を落として唖然とする。
(……母さん、すごいな)
男の炎の剣を直接受けても、それほどダメージはなかったのに、ミラーナの炎を掠めただけで、剣先の一部が焼け落ちている。
それ以上に、男が持つ木剣はしっかりと炎を浴びてしまったらしく、剣先はほぼ焼失してしまっていた。
男は使えなくなった木剣をその場に投げ捨てると、にこやかに表情を取り繕い、ネイトへ拍手を贈り始めた。
「さすがゴードンさんの息子。これでまだ五歳とは、なかなか見込みがありそうだ」
胡散臭い笑顔を浮かべている男へ、ネイトは不快感たっぷりに話しかけた。
「父さんになにか報告するつもりなら、俺の言った言葉を忘れるなって伝えて欲しい」
自分の言葉に小首を傾げた男に向かって、ネイトは以前ゴードンに告げた言葉を改めて口にする。
「俺は父さんの言いなりにならない」
響いたネイトの宣言に、ミラーナは複雑な面持ちとなり、ジョセフは動揺したように目を大きく見開いた。
男は面食らった顔をした後、不遜な笑みを浮かべる。
「反抗期かい? これではゴードンさんも大変だ」
男の表情からは、お前ごときがゴードンに楯突けるわけがないだろうといった考えがにじみ出ている。
そんな態度にもネイトは表情を一切崩さず、射るような眼差しを向け続けると、男は興を削がれたように笑みを引っ込めた。
そして、先ほどドレイクたちの気配を感じ取った木へとちらりと目を向けた。
つられてネイトも木の上へ視線をのぼらせて、わずかに渋い顔をする。
姿は見えないがその辺りにまだ気配があり、ドレイクたちが留まっているのがわかったからだ。
口から出かかった文句の言葉を飲み込んだ時、男が口を開いた。
「この気配は、あなた方がカメリア教会で一緒だった精霊と似ていますね」
(こいつ、俺たちのことを見ていたのか)
口ぶりからそう判断し、ネイトは男の気配に気づけなかったことに唇を噛んだ。
「魔力鑑定で精霊から見向きもされなかった坊やと、ありえない速度で光魔法を習得された奥方の周りで目撃されている精霊」
険しくなったネイトとミラーナの眼差しを見つめ返しながら、男は楽しそうに続ける。
「次に会った時には、ぜひ、あの小さなお友達を紹介してください。楽しみにしています」
それだけ言って、男は身を翻して歩き出した。
ネイトもミラーナも硬い表情で、その男の後ろ姿を見つめ続ける。男が置いていった陰鬱さが、ふたりの心に重く圧し掛かった。
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