第27話 来客たち3
剣術の練習をすべく、部屋から庭へとネイトは場所を変える。
準備運動を終えて、ネイトとジョセフはそれぞれ木剣を手にして向かい合った。
「それでは素振りをはじめましょうか」
「わかった……けどその前に。ねえ、どうしてついてきた?」
邪魔にならない程度に距離を置いて立っているミラーナと、ミラーナのそばで浮遊している精霊たちを、ネイトはじろりと見た。
「私たちのことはお気になさらず」
ミラーナはにこやかに手を振ると、隣にいるエルザとこそこそ楽しそうにお喋りをし出す。
(もういいや。……とりあえず、ふたりは気が合いそうで良かった)
両親の離婚成立後、エルザはミラーナと共に屋敷を出て行くのだから、仲が良いことに越したことはない。
ネイトは気持ちを切り替えるように軽く息を吐いて、木剣の柄をしっかり持ち直した。
「目の前に敵がいると仮定して、一、二、一、二」
ジョセフの掛け声と動きに合わせて、ネイトも木剣を繰り返し振り下ろす。
(剣が重く感じる。もう少し腕の筋肉をつけた方が良いかも)
ネイトは読書以外の暇つぶしの手段として、腕立て伏せを追加させる。
そのあとも、黙々と素振りを続けていたが、小石が飛んできたことに気づき、素早く避けた。
もちろんそんなものを投げてくる相手は彼しか思い当たらず、ネイトはドレイクを睨みつける。
「邪魔するなら消えて」
「おいおい。邪魔なんかしてないぞ。練習に付き合ってやってるんだろ!」
ドレイクがさらに小石を投げつけてきたため、ネイトはそれをきっちり剣先で弾き落とし、冷たく言い放った。
「邪魔なんだよ」
その言い方にカチンときたドレイクは、手当たり次第に小石を掴み取っては、途切れなくネイトへ投げつけた。
ドレイクの猛攻に、徐々にネイトは小石を避け切れなくなっていく。
腕にぶつかったのを皮切りに、足や頭にまで当たってしまい、ネイトの堪忍袋の緒が切れた。
木剣を放り投げるように手放すと、投げつけてきた小石を拾い上げ、ドレイクへとお返しする。
半ば本気の小石の投げ合いに、大人三人が「やめなさい」と止めに入ろうとしたところで、ネイトは自分たち以外の足音に気づき、反射的にそちらへと視線を向けた。
近づいてきたのは以前庭で会った、精霊の誘拐に深くかかわることになるあの男だった。
すぐにネイトはドレイクとリリンナに目配せする。ドレイクたちもすぐに男に気づき、慌ててその場から姿を消した。
見られずに済んだかと思ったが、男がにやりと笑みを浮かべたのを目にし、ネイトは表情を強張らせる。
(精霊に気づかれた)
息苦しさを覚えたネイトの元へ、男は真っ直ぐ近づいてきた。
「坊ちゃん、こんにちは。また会ったね。楽しそうな声が聞こえていたけど、剣のお稽古かい?」
「はい、そうです」
ネイトが返事をすると、ミラーナがすかさず口を挟んだ。
「どちら様かしら?」
見覚えがなくわずかに小首をかしげたジョセフに代わって、エルザが答えた。
「旦那様のお知り合いの方だったかと」
「……ああ、ゴードンの知り合いなのね」
相手がどういった人物かと分かった瞬間、ミラーナから愛想が消える。逆に男は嘘くさい笑みを顔に貼り付けて、ミラーナへ軽くお辞儀をした。
「これはこれはミラーナ奥様。お目にかかれて光栄です」
「あなた、あの人と一緒ではないようね。親しい知り合いだったとしても、許可なく敷地内に入るなんて、看過できませんわ」
ほんの一瞬、男はミラーナに対して白けた顔をするが、すぐさま笑みを戻した。
「……これは失礼いたしました。今日は、ゴードンさんに頼みごとをされて、坊ちゃんに会いに来ました」
「ネイトに何用かしら?」
ミラーナが食い気味に質問すると、男はミラーナからネイトへと視線を移動させる。
「ゴードンさんに、君に剣術を教えて欲しいって言われたから来たんだ」
「父さんが、そんなことを?」
ネイトの困惑の言葉に続いて、今度はジョセフが話に割って入る。
「お待ちください。私はネイト坊ちゃんの教育係でございますが、旦那様からそのような話は聞いておりません」
「そうなの? ……でもまあ、俺のお眼鏡にかなえばの話ですよ。見込みがないと判断したら、帰っていいと言われていますから」
(なるほど。俺が駒として使えそうか見極めて来いと言われたってことか)
ネイトは男が自分の元に来た理由にようやく納得し、先ほど手放した木剣を掴み上げた。
すぐにミラーナは、声を震わせてネイトを止める。
「ネイト、待ちなさい。私には失礼な話にしか聞こえないわ」
「奥様は黙っていてもらえますか。もうすぐこの屋敷を出て行くあなたは、ゴードンさんの子育てに口出しすべきじゃない」
男が嘲笑うように言い放つと、ミラーナが一歩前に出た。
「ちょっとあなた……」
「母さん、俺は構わないから」
ネイトはミラーナの苛立ちの言葉を遮って、男を真っすぐ見据える。
男はにやりと笑うと、ジョセフの木剣を奪い取ってネイトの前に立った。
「坊ちゃん、いつでもどうぞ」
構えが適当であることから、見下されているのが伝わってくる。
もちろん、ネイトはその程度の煽りに腹を立てることもなく、男へ一直線に向かっていった。
振り下ろした剣先を男に軽く受け流されたあと、ネイトはよろめいて尻餅をつく。
「いたたた」
剣先がぶつかり合ったことで手が痺れたため、木剣を取り落としてみせた。
「はやく剣を取れ」
「ちょっと待ってください」
指をゆっくり動かすなどして不慣れさを前面に押し出すと、男がため息を吐く。
(外れかもなって、顔に書いてあるぞ)
ネイトは男の表情からそう読み取り、顔を俯かせてこっそり笑みを浮かべた。
(使えないと思わせたら、俺の勝ち)
そんなことを考えながら、感覚の鈍い手で木剣を掴み取ろうとした時、男の気配がネイトに近づいた。
「まだ精霊たちはいるようだな」
耳元で囁きかけられ、ネイトはハッとさせられる。言葉通り、近くの木の上にふたつの小さな気配があるのに気づかされたからだ。
「お前を苦しめたら姿を現すかな」
男のねっとりとした下卑た言い方に不快感を覚え、ネイトは木剣を掴み取ると、力いっぱい柄を握りしめた。
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