投影のフィルタリング

小狸・飯島西諺

短編

「最近、流石に作風が陰鬱すぎるから、ちゃんと生きているのかと思ったけれど、良かったよ。元気そうで」


「元気そうに見えているのなら僥倖ぎょうこうだ」


 僕らは、あるチェーン店のファミレスで食事していた。


 相手は、大学時代唯一、僕が小説を書いていることを明かした同期の、もりという男である。


「いや、実は最近メンタルに来る出来事が色々とあってね」


「そうなのか?」


「まあ、色々とね」


 彼には以前詳しく話したけれど、僕はさる精神疾患を抱えている。


 そのせいで職を辞し、今は通院とカウンセリングをしながら、治療に勤しむ日々である。


「将来のことを考えろと言われたり、何になりたいのかと問われたり、病名が一つ増えたり、まあ、良い事ばかりではなかったかな」


 僕の置かれている環境については、ここでは記載しない。まあ、理解者のほとんどいない疾病持ち、だとでも思ってくれれば良い。


「将来のことを考えろ、か。厳しいな」


「『現実の厳しさを理解するべき』『精神疾患は甘えだ』っていうのが、親の方針だから、仕方ないんだけれどね。いるもんだねえ、未だに精神疾患に理解の無い人間っていうのが。まあ、身近にそういう人がいないから、余計そう思ってしまうんだろうね。一番身近にいるべき人間が敵っていうのは困ったものだよ、本当に」


「『現実』なあ。俺の知る現実って、そんな厳しいだけのものじゃないと思うんだけどな」


「そりゃそうだ。現実ってのは虚構からの帰る場所で、本当は『ただいま』って言うべきところだと思うんだ」


「流石は物書き、虚構には一家言あるって感じかい?」


「いやあ、ただ僕がそう思っているだけだよ」


 そう言って、彼も僕もコーラを飲んだ。


 ドリンクバーを補充しに行った。


「君の病は、そう簡単に治るものじゃないんだろう?」


「一生かかっても治らないと思った方が良い、と、主治医に太鼓判を押されたよ」


「成程」


 一生、か。


 自分で言って、その言葉の重さを考える。


 後ろ指をさされるのは、小学校時代に散々されていたので慣れている。


 慣れてはいるが、気持ちの良いものではない。


 この病気を持っていることによって、自分が――健常な者と比べて社会的に不利になることは、明らかなのだ。


 ああ、駄目だな。


 また負の方向に引っ張られている。


「そしてどうやら僕は、自分のメンタルが作品に反映されるタイプの物書きらしい。最近のは特に酷いよね。いや、うん、分かっているんだ。社会の闇とか、家庭内不和とか、機能不全家族とか、容姿の美醜とか、読んでいて気持ちの良いものではないことは理解しているつもりだよ」


「じゃあ、たまにはパーッと、明るい小説を書いてみたらどうだい? それで気分も反転するかもしれないよ」


「書けないんだよ」


「え?」


「だから、書けない。明るいとか、楽しいとか、嬉しいとか、優しいとか、そういう物語の想像ができなくなってしまったんだ」


「……それは」


「ああ。分かっている、世の中は厳しいだけじゃないよ。良いことだって、楽しいことだって、嬉しいことだって、優しいことだってある――でも、厳しい部分を摂取し過ぎて、辛いところを浴びすぎて、苦しい箇所に足を取られすぎて、それしか見えないようになってしまった。それ以外は、全部嘘のように思えてしまって、もう何も見たくない状態になってしまったんだ」


「それは、辛いな」


「ああ。とても辛い」


 そう言って、コーラを喉に流し込んだ。


 沈黙が走った。


 しまった。自分の言いたいことを言いたい放題言ってしまった。


 この沈黙は、僕のせいである。


 どうしようか、と思っていたら、谷守が口を開いた。


「いっそのこと、休養期間を作る、というのはどうだ」


「え」


「その間は小説を書くのではなく、読むんだ。そうすることで、その虚構の楽しさを思い出す、というのは。いや、安直か、スマン、忘れてくれ」


「……いや、良い考えだと思うよ。僕も、毎日義務的にネットに小説を更新することに、疑問を感じていたところなんだ。休養期間、小説を読む時間ね。最近疎かになっていたから、ちょっと意識してみるよ」


「それが良い。その結果陰鬱な小説になったとしても、誰も文句は言わねえよ。それが君の作風ってことなんだから。でも、今の状態は、あまり良いとは言えない――無理をして小説を書いて、無理をして継続して、手癖で書いているように見える、っていうのかな。ゴメン、専門用語は分からないんだけど、そう見える。だけど、君の言う『世の中』には、現実も、そして虚構も含まれているんだ。君だって、物語に憧れ、物語に執心し、物語に熱中した頃の記憶だってあるだろう? それを思い出す時間を作ってみる、というのは、どうだ」


「それはとても良い提案だよ。ありがとう、谷守」


「いやいや、俺は小説については門外漢だから――」


 谷守からそう言われつつ、自分の口から久しぶりに、感謝の言葉が出たのに気付いた。


 ありがとう。


 そこから数ヶ月、僕はネットに小説をアップするのを止めることになる。その期間は、極力小説を読む時間に充てて、谷守の言う「あの頃」を思い出すことに務めた。


 きっと僕は、小説に己を投影していたのだろうと思う。


 悲劇的で、自罰的な主人公を露骨に描写することにより、それを通して、自分の受けた理不尽や不条理を、誰かに分かって欲しかったのだ。


 書き続けるうちに、それはいつの間にか固定化されたフィルターとなり、それを通した小説しか作ることができなくなっていた。


 まずは、そのフィルタリングを外すところから始めよう。


 幸い、家の近くに図書館はある。


 病気があっても、調子の良い時であれば――頑張れば通うことができる範囲内である。


 次回貸出期限までは、まだ一週間ある。


 全盛期ほどの速読力はないけれど、読めないことはない。


 取り戻そう、あの頃の自分を。


 今日も僕は、小説を読む。




(「投影のフィルタリング」――了)

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