深町ふとん異世界支店 ~腹違いの弟に店を継がせるらしいので、老舗ふとん屋の長男は異世界で生きていくことにした~

水帆

第1夜 自室のベッド

「店は、れんに継いでもらいたいと、思ってる……」


「えっ、父さん! どうして僕が?! 兄さんがいるじゃないか!」


 病院のベッドの上、呼吸器越しにくぐもった声で話しているのは俺の親父。

 そしてベッド脇に座っている無表情な俺と、白々しく声を張り上げる弟。

 

 もう長くないらしい親父は、忌まわしげに俺を一瞥すると、 


颯太そうたは、商売には向かん……蓮、お前の方が才能があるのは分かっている。遠慮することはない……母さんと、店のことは任せたぞ……うっ」


「父さん!!」




 

 俺は喪服のネクタイを緩めてジャケットを脱ぎ捨てると、自分のベッドにどさりと腰を下ろした。

 

 なんとなく、こうなるような気はしていた。


 元々、後継ぎは長男の俺という話だった。


 しかし母さんが亡くなって親父が再婚し、弟の蓮が生まれると、親父は弟ばかりを可愛がるようになり、俺への当たりが強くなった。


 まあ、掃いて捨てるほどよくある話だ。

 

 蓮は口の上手い世渡り上手で、口数の少ない俺とはタイプが合わない。


 弟だけを溺愛する後妻とも微妙な距離感の俺は、家の中でもなんとなく居心地が悪く、疎外感を覚えていた。


「はぁー……これからどうすっかなぁ……」


 俺は28歳、弟は21歳。


 高校卒業後はこの店を手伝うよう親父に言われて、二人とも店で働いていた。

 俺は作業場、弟は売り場。

 

 まだ若い弟を手伝うという選択肢もあるが、なんだかそれも惨めで気が進まない。

 まあ俺が心配しなくとも、きっとあの過保護な後妻がなんとかするだろう。

 

 俺はもう、もはや腹違いの弟と後妻しかいないこの家から、離れて生きていきたいと思い始めていた。

 

 この機会に、家を出るか……。

 

 肩を落としたまま、机の上の写真立てに目をやった。

 じいちゃんの豪快な笑顔がフレームの中に収まっている。


「じいちゃん……」

 

 明治7年に創業し、約150年の歴史を持つ老舗「深町ふとん」。

 じいちゃんが4代目で、親父は5代目だった。

  

 老舗といっても店舗数はそれほど多くはない。 

 熟練の職人による手作業にこだわった高品質なふとんにこだわっていたが、近年ではベッド等も扱うようになり各種寝具を販売している。

 

 しかし、少し前に駅前の再開発で、おねだん以上のCMでおなじみの○トリの降臨を目の当たりにした時は、皆さすがに動揺していたようだった。

 うちより遥かに広い大型店舗に大量生産の安価なベッドをどかどか並べて売っていたからだ。

 

 だが、150年続いた老舗はその程度では揺るがなかった。まあ、若い客層は少し持っていかれたけれども。


 それでも根強いファンや地元のお客さんに愛されて、これまで続いてきた寝具屋だった。

 

「……はあ」


 俺は自室のベッドに倒れるようにダイブした。


 寝具は嫌いではない。

 真新しい布団の柔らかさ。

 打ち直して生まれ変わったような布団。

 

 小さい頃、今は亡きじいちゃんが店や工場に連れ出してくれて、作業を手伝わせてもらったり、休憩中の職人のおっちゃんたちとよくお茶やお菓子を囲んだ。

 

 じいちゃんが語る寝具の話には夢があった。


 寝具はただの眠る道具ではない。

 人を暖かく包み込み安らかな眠りで癒し、明日の活力を養ってもらう。

 

 あの頃は、俺がいつかこの店の跡を継ぎ、じいちゃんみたいに立派な寝具を作るのだと、心底ワクワクしたものだ。


 ――けれども、親父は弟を選んだ。


「……」


 あれからずっと眠りが浅い。


 俺はごろりと無気力に寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。

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