第4話

▶ 第1話 本文



<<< 第1章 転生前の記憶が蘇る >>>



// 海底・難破船の周囲


隊長「よし、こんなところでいいだろう」


数人の隊員が、隊長と箱を取り囲んでいる。

みな男性マーメイドである。

隊長の視線の先、大きな箱に山盛りにつめられた品々で溢れそう。

その品々は、難破船から引っ張り出してきた物たちである。


隊員A「隊長っ! 大変ですっ!」


隊長「んっ? どうした?」


隊長A「人間がっ!」



// 海上


板切れにしがみついて漂流している若者。

隊長と隊員たちが、若者を取り囲むように浮かんでいる。

その若者に意識はない。

若者が身にまとっているのはいわゆる中世領主の王子様服。


隊員B「こいつこんなに布を身にまとって、なんて不埒な輩なんだ」


隊長「さて、どうしたものか……」


隊員A「放っておきましょう、隊長」


若者に近づく隊長。


隊長「それはダメだ。まだ死んではいない」


隊員A「しかしすぐに死にます」


隊長「ならばなおのこと放ってはおけない。腐敗すれば、神聖なる我が海域が穢れてしまうではないか」


隊員一同「……」


隊長「君、この人間を陸に捨ててきてくれないか」


指名された隊員B、ひどく慌てて、


隊員B「滅相もない。私にはこんな不埒な趣味はありません!」


隊長「ではだれか、この人間を捨ててきてくれる者はいないか?」



// 海上・別の場所


若者を抱えて泳いでいる隊長。

隊長「まったく人間は臭くてかなわん」



// 砂浜(夕)


若者を砂浜に放り投げる隊長。


隊長「これでまあ、いいだろう。それにしても臭い。帰ったら身体をよく洗わねば……」


沖へと引き返してゆく隊長。


若者「ううん……」


意識を取り戻した若者。

キョロキョロと辺りを見回す。

と、沖の方、逆光でよく見えないが、人魚が跳ねて潜っていった――


// ※ この若者は実は、陸上世界の王子、ロンゴバルド・ロターリオ王子だが、現時点では明かさない




// タイトル『マーメイドの姫様は陸の王子様エンドを望まない』




// 海底の王宮・外観


十数人の男性人魚の一団が王宮内へと向かっている。

窓からは、きゃっきゃ言って遊んでいる少女たちの声が漏れ出している。



// 同・国王の執務室


きゃっきゃ言いながら追いかけっこをしているフィオーレとその姉妹

その様子を微笑ましげに眺めている父王。


……と、執務室の扉が開き、


隊長「陛下っ! 陛下っ!」


父王の許へと急ぎやってくる隊長

「わぁっ!」色めき立つフィオーレ姉妹。

隊長の手の中には溢れんばかりの品物。


フィオーレ(見たことないものばっかり……)


テーブルに置かれた品々、どれもキラキラして見える




テーブルを挟んで向かい合って座っている父王と隊長

それを取り囲むように眺めている姉妹や使用人、姉妹の教育係。


姉A「私これがいいっ」


ヴェネチアンレースで縁取られたハンカチを首に巻く姉A。


姉B「私はこれっ!」


ペンダントトップにルビーが飾られたネックレスを腕に巻く姉B。


父王「こらこら、1つだけだぞ」


姉妹AB「はーい!」


父王「すまんな、隊長」


隊長「いえいえ、沈没船から持ち出したものは陛下の所有物、私などが口を出すような……」


父王「でその沈没船だが……」



// 海底に横たわっている三段櫂船


隊長「四角い帆に、これまで以上の棒が。おそらくベネ国のガリーかと」


隊長の話を身を乗り出すように聞いているフィオーレ。


隊長「姫殿下、興味がおありですか」


フィオーレ「はいっ!」


ぶんぶん、首を激しく縦にふるフィオーレ。


フィオーレ「とっても素敵なお話」


父王「陸などに興味を持つのはよくないよ、フィオーレ。さあ、好きなものをお取り」


テーブルの上を指し示す父王。


父王「ひとつだけだぞ」



テーブル上に置かれた宝飾品に目移りするフィオーレ

と、とある品物だけ異彩を放って、格段にキラキラとフィオーレの目に映る。


フィオーレ「父上様、わたくし、これがいいです」


フィオーレが指差した、そのキラキラ光るものは……

なんの変哲もない、ただの鉛筆だった。


父王「フィオーレは、こんな物が好きなのか」


フィオーレ「はいっ!」


父王「しかし……これは一体、何なんだろうな?」


鉛筆を持ち上げ、様々な角度から眺める父王。


父王「棒のようなものでできておるな。そして片方の先だけ尖っている……ううむ」


隊長「恐れながら陛下……」


父王「おお隊長、知っておるのか」


隊長「これはおそらく、暗殺の道具ではと」


父王「暗殺とな!」


隊長「はい……これをブスっと体内に差し込みますれば、その者は即時に絶命。しかも体内では次第に分解され、証拠も残らない。そんな代物ではないかと」


父王「なるほど、もっともだ。それは恐ろしい……」


隊長「これは、私めの推察ではありますが」




教育係「違いますわ!」



割って入ってくる教育係。


父王「そなたは……うむ、博識であったな。聞こう」


教育係「恐れながら陛下。これは食事のあとに使うものですわ」


父王「なんと、食事のあとに」


教育係「はい、食事中に歯と歯の間に挟まった物を、これで掻き出すのですわ」


父王「こうか」


父王、イーっと口を開け、シーハーシーハーのマネ。


教育係「人間はとても大きく、とても恐ろしい生き物だと聞いております。ですからきっと歯の1本1本も私たちとは比べ物にならないくらいに大きのではないかしら」


隊長「それは違う! 私は人間を見たことがある! 現に今日も触ってきた」


教育係「まあ穢らわしい! どうりで臭いと思いましたわ?」


隊長「なんだとーっ!」


隊長と教育係、口論しながらテーブルから離れていく。




瞳をキラキラさせながら2人の話を聞いていたフィオーレ。



父王「フィオーレはこれが良いのだな?」


フィオーレ「はいっ! 父上様」


父王「うむ、ならばそなたにこれを授けよう」


フィオーレ「ありがたき幸せに存じます。ふふふ……」


父王「大事に使うのだぞ。ふふふ……」



芝居がかったやり取りの後、うやうやしく両手を差し出すフィオーレ

そして、父王から鉛筆が手渡された瞬間――



フィオーレ「わぁぁっ!」



走馬灯のように様々な記憶がフラッシュバックし、辺り一帯が眩しい光で包まれた――




(つづく……)

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マーメイドの姫様は陸の王子様エンドを望まない 猫目ひとつも @hitotsumo

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