90歳の誕生日
猫電話
その日最後の夢を見る
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あの夢……私は10歳毎の誕生日に必ず10年前の夢を見る。
最初に見た夢はなんだっただろうか……
――――――――
「お誕生日おめでとう!」
そう言って10歳の誕生日を父親と二人きりの、小さなアパートで小さなケーキで祝っていた。
僕にはおとうさんが居るからおかあさんが居なくても寂しくは無い。
父親は僕の事を凄く好いてくれているから寂しくは無い。
でも、とうさんの目の下には深い隈が有り剃り残しの髭とやつれた頬をしてる。
僕が知る限りそれは昔からで、僕にはそれが当たり前だったんだ。
だから特に気にした事も心配した事も無かった……昨日までは……。
昨日、僕が眠ったと思ってこっそりとおかあさんの写真を抱いて泣いている姿を見るまでは。
「おとうさんありがとう!」
それでも僕は気が付かない振りをする。
だっておとうさんは僕がかなしそうな顔をするといつも同じ様にかなしそうな顔をするから。
だから今日もおとうさんの大好きな笑顔を向ける。おとうさんの笑顔も僕は大好きだから。
「今日は遅くなって済まなかったな。夕飯は一緒に誕生日を祝おうって約束だったのに」
「うんうん、大丈夫だよ!それにおとうさんと一緒に食べたくて、まだ僕もごはん食べてないから、一緒にたべようよ!」
「おまえは本当にいい子に育ったなぁ」
そう言いながらお父さんは僕を抱きしめて嬉しそうに泣いた。
――――――――
その夜見た夢が初めてだった。
「はぁはぁはぁ……、あなたは誰?」
僕の目の前には写真で何度も見たおかあさんの姿あった。
「誰でもいい、お願いこの子を助けたいの、誰か人を呼んでくれない?」
おかあさんの腕には濡れた姿でぐったりとしているあかちゃんがいた。
ふとその周りを見渡すとここは、どうやら多目的トイレの中のようだ。
「お願い、この子を助けて」
縋るようなおかあさんの目に、言いようの無い不安を感じて慌てて人を呼ぼうと思ってトイレの外へ出て周囲を見渡した。
ここは知っている、むかし済んでいた家の近くにあった公園だ。
おとおさんには一度もつれていって貰えなかった公園。
『だ、だれか!』
僕は公園を飛び出して必死に人を探して声を掛ける。
誰も僕を見ないしなぜか僕にも誰の顔も暗くて見えなかった。
怖かった、寂しかった、折角会えたのにこれで最後なんて嫌だった。
『だいじょうぶ?』
そんな一人ぼっちの僕に同じくらいの小さな熊のぬいぐるみを抱いた女の子が声をかけてくれた。
『おか…さんが!おかあさん……が!トイレで……!おねがい……!』
その時初めて僕は自分が泣いている事に気が付いた。声がとても震えていて声が上手く出せなかった。
『わかったわ、大丈夫よ!まかせて!』
そう言うと、その子は近くのマンションに飛び込み、消火器を持ち出して来てトイレの入り口に吹きかけた。
『な、なんで!』
そんな事したらおかあさんがトイレから出にくくなる!
そう思った束の間、その子は自分が吹き飛ばされそうになりながら、まだ吹き出る消火器をなんとか操って道路に向かって吹き出させる。
『たぶんこれで大丈夫!』
彼女のその言葉通りに、周囲は一瞬で騒がしくなり近隣の家や通り掛かった車から人が飛び出して口々に何があったのかと言い合う。
そんな騒ぎの中から一人の男性が消火液のかかったトイレを覗きこんでおかあさんをみつけてくれた。
僕は茫然としたままその光景を見ていた。
いつの間にか救急車が到着し、おかあさんが運ばれていく。
『ね?なんとかなったでしょ?』
その子は僕にはにかんだ笑顔を見せた。
――――――――
気がついたら僕は自分の布団の中で寝ていた。
「おかあさん!!!!」
慌てて飛び起きて周囲を見渡すと、その部屋は生まれた時から住んでいた一軒家の僕の部屋だった。
「どうしたの、こんな朝早くに?」
心配そうに部屋を覗いて来たのは、僕の大好きなおかあさん。
「怖い夢でもみたのか?」
そう言っておかあさんの後ろから覗いてきたのは大好きなおとうさん。
おとうさんは仕事に行く準備をしているのか、きっちりとスーツを着込んでネクタイを締めながら僕に心配そうな顔を向ける。
「ううん、なんでもない!」
そう言って僕は精一杯の笑顔をむけた。
――――――――
20歳の誕生日にも夢をみた。
『君はあの時の子かい?』
その子は不安そうに小さな熊のぬいぐるみ抱えて誰かを探していた。
「だ、だれですか?」
そう言って一歩下がる女の子。
『ごめん、急に声を掛けて……一人なの?』
自分でもこの声掛け方はどうかと思ったが、どうしても声を掛けないとだめだと思って出た言葉がこれだったのだから仕方ない。
「お、おにいさん何かようなんですか……?」
震えた声でさらに一歩下がるその子に、頭をかきながらしゃがみ込んで目線を合わせて声を掛ける。
『ごめんごめん、怖がらせちゃったかな?一人だと心配だから、おかあさんとか近くにいないの?』
その子は首を横に振って俯く。
どうやら親とはぐれたようだ。
周りを見渡すと、ここは閑静な住宅街なようで人の気配がしない。
『だれかー!いませんかー!』
俺は大声で近所の人に助けを求めたが誰も顔を出す者は居なかった。
仕方なく近くの人が居そうな所までこの子を連れて行こうと手の平を上にして伸ばすが、フルフルと首を振って更に後ずさる。
『そりゃそうだよね。うん、じゃここで待ってて!誰か呼んでくるから!』
そう言って通りを走って曲がった直ぐそこに、交番が有ったので俺は安堵の溜息を漏らして交番に入ったが、そこにいる警察官に声を掛けても無視をされた。
『なんで…』
その警察官の顔を見ようとすると、何故か暗くて良く見えない。
『あの時みたいだ……』
どうしようかと僕は考えて思い出す。
声掛けが気が付かれないのならばあの方法で。
そう思ったが早いか交番近くのマンションから消火器を持ち出すとと、あの時とは違って今度は僕がそれを交番に向かって吹き出す。
『こっちに!』
そう言って消火液を吹き出す消火器を持ったままあの子の元へ走った。
あの子の姿が見える所まで走った所で、あの子の顔を見て僕は笑顔で言う。
『これで大丈夫!』
そう言った直後に僕は夢から覚めた。
――――――――
30歳にも夢をみた。
目の前に20歳ごろの自分が横断歩道で信号が青になるのを待っていた。
覚えている、この日赤信号に突っ込んでくる車に運よく轢かれなかったんだ。
それは自分が立ってた横断歩道のすぐ後ろのお店の窓ガラスが突然何も無いのに割れた事に驚いてそちらを見ていて、横断歩道を渡るタイミングが遅れた事でギリギリ目の前を暴走車が走って行った。
ガシャン!
『お互い様だもの』
そう言って、今と変わらぬ姿の妻が割れた窓ガラスの前で笑顔をこちらに向けた。
――――――――
目を覚ましてベットを下りると台所から良い匂いがしてきたので、台所に入って愛しい妻に向かって笑顔で挨拶をする。
「おはよう!」
「おはよう、あの子を起こしてきてくれない?学校遅刻しちゃうわ」
「ああ、わかった」
そう言って、子供部屋を開けた。
休み明けから寝坊とはいい度胸だ我が息子よ。
まぁ昨日はちょっと疲れたから仕方ないか。
――――――――
40歳でも夢をみた。
近所のショッピングモールで息子と手を繋ぐ妻が駐車場横を歩いていた。
多分俺は二人を先に下ろして車を止められる所を探しているのだろう。
俺は知っている、あの数歩先の店舗の中に向かってこの後車が突っ込んでくる事を。
俺は近くにあるカートを掴んで、思いっきり別の窓ガラスへ向けて突っ込む。
だが思ったより硬いガラスに弾かれて思いっきり転んでしまったが、一緒に転んだカートが大きな音を上げてくれたおかげで二人はこちらを振り向いた。
「よかった!まだまだ元気そうね!」
そう言って転んで痛そうに膝をおさえる俺を見て妻は微笑んだ。
『ああ、まだまだ元気だ!』
俺はそんな彼女に笑顔を向けて手を振りながら目を覚ました。
――――――――
50歳でも当然のように夢をみた。
最近乗っていなかった俺のバイクに息子が跨っている。
俺に気が付かれないようにと、朝早くにこっそりと起きだしてだ。
いつも朝起きるのは苦手なくせに、こういう時だけは起きれるのには呆れる。
免許は持っているが原付限定だ。俺のは125ccだから乗る事はできないのにだ。
だが諦めろ、ガソリンはさっき全て抜いて置いた。数メートルも走れはしない。
そう言えばこの日、妻の実家で火事が有ったっけか……朝早かったが全員逃げ出せて無事だったな。
――――――――
60歳でも当たり前のように夢をみる
このころの俺や妻は結婚しない息子を心配していたな。
そう二人で話しながら夢を見ている。
『この先かしら?』
『ああそうだ、この先だ』
慣れない仕事で疲れ切った顔をしている息子がバスを待っていた。
バス亭の椅子に座って疲れ切った姿で俯いている。
そんな息子の目の前には息子と同じ年頃の女性が立っている。
この子もこの当時そうとう疲れ切っていたな。
そんな事を思いながら俺達は息子の肩を叩く。
「んあ?」
驚いて目を覚ました息子は目の前の女性が今にも倒れそうにふらふらとしている事に気が付いて慌てて駆け寄って声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
だが女性は返事をしない。
それどころか体のふらふらとした揺れは段々と大きくなっていく。
その時、バス停に待っていたバスが入って来ようとしている事に気が付いて、慌てて女性の手を引いて手前に倒れさせ自分の体で受け止めた。
「もしもし!大丈夫ですか」
女性が完全に気を失ってる事に気が付いて、慌てて自分の携帯を取り出す息子。
「すみません!ここは○○一丁目のバス停です!、はい!救急です!女性が倒れています!」
焦った顔で電話口の相手に大声で話す息子を見て私達は微笑んだ。
『これで大丈夫だろう』
『ええ、そうですね』
女性に声を掛け続ける息子を見ながら私達は目を覚ます。
――――――――
70歳でも夢をみる。
お風呂場に張った水に上半身を突っ込んで溺れる孫に気づかせようと、お風呂場の扉を二人で叩いた。
――――――――
80歳でも夢をみる。
家を出て遠い街に行っていた息子夫婦の子、行きたかった孫の中学卒業式に二人で顔を出せた。
――――――――
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
そして最後の夢だろうとは何となく分かった。
私達二人はあの公園のベンチに座ってる。
『なつかしいですね』
『ああ、なつかしいな』
近くの自販機で買った暖かいお茶を二人で飲みながら懐かしい風景を見ている。
『あの公園は今でも残ってたんだな』
『そうですね。でもあのトイレは無いようですけども』
そう言って、あのトイレが有った場所を二人で見る。
『あの日お前が消火器を振り回した時は驚いたよ』
『何いってるんですか、先にその方法を教えてくれたのはあなたですよ?』
そこには何もなく、横に有った広間と一つになって大きな広間になっていて、あの日の面影は無かったし、周囲の建物も変わってしまっていた。
『そうだったかな?』
それでも懐かしいと思えるのは不思議でもなんでもないと思いながら、少しの間過ごした。
――――――――
目が覚めた私の前に、私の手を握って心配そうな顔をしている妻が見えた。
その後ろには息子夫婦と孫、そして孫の彼女が私を見ている。
「ああ、寝てたのか」
「ええ、そうですね。いいのですよ寝ていても」
俺を気遣う妻の優しい声に頬がゆるんで、握られていない方の手でゆっくりと妻の頬を撫でる。
泣いていたのだろうか?少し頬が濡れていた。
「大丈夫だ、本当に今までありがとうな。愛しているよ」
そう言って頬を撫でる手を下ろす。
長くは上げていられなかった。
その下ろした手をベットの反対側に来た息子が握る。
「親父……」
息子も泣いていたのだろうか?、頬に涙の渇いた後が有った。
「息子よ……かあさんを頼むぞ?それと奥さんを大事にな?」
「分かってるよ!心配しないでくれ!」
そう言って息子は掴んだ俺の手に顔を当てて嗚咽を漏らす。
ふと扉の方に目を向けると、今より歳を取った妻がそこに立っていた。
「っふ、少なくともお前はあと10年は頑張るのだな」
そういうと、扉の側の妻は少し寂しそうにしながらも笑顔を私に向けてくれた。
90歳の誕生日 猫電話 @kyaonet
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