第十一話「ついに結婚?処理が追いつかない山積み問題点!」
──ノラム・ダッチェス家・執務室。
「……ルーチェの復活自体は、まあ……いいとして」
ノラム・ダッチェスは、眉間を押さえながら深いため息をついていた。
「……まさか、その直後に“結婚希望者”が出てくるとは思わなかったわ」
執務机の前に立つのは
──クラウディア・バルツァ元大佐。
ルーチェが舌に淫紋を刻んだ因縁の相手。今は、旧神との契約によって強力な治癒能力を持ち、堂々とこの屋敷に押しかけてきていた。
「ルーチェとの結婚、私は本気だ。
ルーチェが仕えてるあなたから許可が出るなら彼も結婚せざるを得ないだろう。
勿論私は一歩も引かないつもりだ。」
「……なんとまぁ…ややこしいわね」
隣では、騎士団長ドレッシーが腕を組んでクラウディアを睨んでいる。
「いい加減にしろ、クラウディア。
貴様が絡むとロクなことがない、寝言は寝て言うんだな」
「…さっきから煩わしいな。
お前はルーチェの何だ? 妻か? 婚約者か? それともただの変態監視員か?」
「誰が変態監視員だこの無駄乳女がッ!」
ふたりの言い合いが激しくなる中──
「はい、ちょっと失礼しま〜す。」
ルーチェがひょいと間に入った。
「皆様に迷惑をかけたお詫びとして、僕から……料理を振る舞わせてください。」
「…………料理?」
ノラムが目を細める。
「……ルーチェが作る料理、久々ね。
まあ、いいわ。
今のあなたに“仕事”をさせるのは正解かもしれないわね」
──しばらくして。
ダッチェス家のサロンに並べられた料理は、まさに豪華絢爛だった。
香ばしく焼き上げられた肉のロースト。艶やかなソースに包まれた魚料理。
前菜に、彩り鮮やかなサラダ、そしてふわふわのパンやスープ、そしてデザートまで完璧に整っている。
「……っ! このレベル……!」
ドレッシーがフォークを止めることなく食べ続けている。
「…ふっ、料理担当はルーチェに任せることになりそうだな。」
クラウディアも次々と料理を平らげる。
ノラムは静かに一口、蜂蜜をかけた温かい林檎のタルトを口に含み──
「…………美味しいわ」
その言葉に、ルーチェは軽く微笑んだ。
「お粗末さまでした」
そんな中──クラウディアの通信端末が振動する。
「……クラウディア様、至急。先日お話ししていた病人の確保が完了しました。
また、結婚式の会場と進行も一通り確保済みです」
「……そうか、分かった」
クラウディアは表情を変えずに通話を切る。
(……まだ、旧神関連のことは知られたくない)
クラウディアは静かに息を吐くと、席を立つ。
「今日は一度引こう。
だが──ルーチェ、あなたにはいずれ必ず“責任”を取ってもらう」
「ふんっ、どうせならあの時のように逃げるがいい」
ドレッシーが挑発する。
「…いいだろう、次に会うときは貴様の最後だと思え。
せいぜいその無駄乳を洗っておくんだな。」
ドレッシーに捨て台詞を吐き、クラウディアは颯爽と去っていった。
──その場には、ノラム、ドレッシー、ルーチェの三人だけが残った。
「ふむ……恐ろしいおなごじゃのう、あやつ次は本気で仕留めにくるぞ」
「ドヴィル・プリンセス様の騎士団長の誇りにかけて私が敗北することはない」
「…やっぱり僕と結婚して丸く収めるほうがいいのかな…」
「却下よ、古代神の事で貴族会議で報告したら大混乱が起きたのに、その上敵対国の元大佐とルーチェは結婚しましたの報告なんて……
これ以上勝手なことをしないでちょうだい」
「いわゆるトラブルメーカーというやつじゃな」
──奇妙な語尾が、会話に混じっていた。
「……ん?」
ノラムが眉をひそめる。
「今、誰かなんか言った……?」
「……というか…一人……増えてない?」
三人の視線がゆっくりと振り向いた先。
そこには──
幼げな姿ながら底知れぬ威厳を放つ少女が、紅茶を啜っていた。
「……ふむ、ようやく気づいたかの?」
──旧神・クタニド、いつの間にか堂々と“降臨”していたのであった。
──深海の闇と少女の融合体。
その姿は身長130cmほどの小柄な少女。
長い青紫の髪には小さな触手が揺れ、瞳には深海の光と宇宙の星々が煌めく。
装いは、漆黒と深紺のドレス。裾に刻まれたルーンが淡く輝き、見る者を異界へ誘う。
冠には珊瑚と黒曜石。
まさに、“旧神”の威容を宿す少女─クタニドである。
屋敷の応接間に、微妙な空気が漂っていた。
「……無理。
もう無理。
ほんと無理……」
紅茶を置いたノラム・ダッチェスが、呆れを通り越して深くため息をついた。
「ルーチェ。
あれをつまみ出して」
「えっ、僕がですか!?」
「あなた以外に誰がいるのよ。
というか、なんでまた“神”が勝手に屋敷に現れるのよ……!
絶対にあなたが原因でしょ!!」
ノラムは額を押さえ、苛立ちと疲労を隠さない。
ルーチェはおそるおそる、ソファでお茶を啜っている“少女”へと向き直った。
「え、ええと……お客様、申し訳ありませんが、本日は予約制となっておりまして……」
「ぬうぅ…なんじゃそれは…ルーチェお主、わしのことを忘れたわけではあるまい!? わしじゃ! クタニドじゃ!」
「えっ、あの、確か、旧神で“深海と空間の支配者”の……?」
「そうじゃあああ!! それをなぜ、つまみ出そうとするのじゃああああ!!」
旧神クタニドがテーブルの上に立ち上がり、ちっちゃな拳をルーチェに振り上げる。
その様子を横で見ていたドレッシーは、眉をひそめながら呟いた。
「……あの子、迷子じゃないか? 子どもにしては様子が……いや、迷子の子供にしては不思議すぎる……」
彼女は騎士団の連絡端末を開き、近隣で子供の迷子届けが出ていないかを確認し始める。
「わしは迷子などではないわあああ!!」
クタニドとノラムの口論が始まり、応接間がカオスに染まりかけたそのとき──
「ふむ、まあよい。
今日は“ノーデンスのやつ”から伝言を伝えに来ただけなのじゃ」
クタニドがようやく落ち着いた声で言う。
「……ノーデンス様が?」
ルーチェはしどろもどろになりながら聞く。
「うむ。
奴が“ルーチェに会いたがっておる”。
それだけじゃ」
静寂。
ノラムは額を押さえたまま、うんざりしたように呟いた。
「……これ、古代神が来たときと同じパターンじゃない……?」
だがその時、クタニドの目が鋭くなる。
「それよりじゃ。ルーチェよ。
さっき……わしをつまみ出そうとしたよな?」
「え? ええと、いや、それは命令でして……その……」
「ならば、バラす!! わしがルーチェに与えた“太古魔法”の詳細を今ここで!!」
「えええええ!?!? ちょ、やめて!? それはちょっと伏せててほしいんですけどぉぉぉ!!」
クタニドは胸を張って宣言した。
「ルーチェに与えた太古魔法は──“瞬間移動”じゃ!! どんな場所でも、どんな障害物でも無視して“即座に移動”できる超越魔法!!」
「……またしても超越便利魔法ね……しかも古代魔法よりも強力…ルーチェは一体いくつもの契約をしてるのかしら…」
ノラムが一瞬だけ興味を示すが─呆れ果てる。
「なるほど…それで“深淵第3階層”とやらに行きキュビリアに会いに行ったんだな」
ドレッシーが推測する。
気まずそうにモジモジクネクネしてるルーチェを見るからに当たっているそうだ。
───そして
「ただし──その代償として、“使用後に性欲が一時的に10倍”になるのじゃああああ!!!!!」
「………………」
「…………は?」
「…………え?」
「「「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」」
ノラムとドレッシーが、異口同音に悲鳴を上げた。
「ち、違いますから!! 最近は一切使ってませんから!!」
ルーチェが両手を振って必死に弁明する。
「キュビリア様に会ってからは、自制して、封印して……っ!」
ドレッシーがジト目で睨みながら、ぼそり。
「……性欲10倍も充分問題だが、古代魔法の時も今回の太古魔法の代償も、貴様の場合だけやたらと軽いのは何故だ?」
「いや、僕もそれは……なんでだろうって思ってて……」
「ふむ……そういえばな……最初は“瞬間移動の距離に応じて血を失う”という代償にしようと思っておったのじゃ」
「それは過酷そうだな…」
「じゃが、いつの間にか“性欲10倍”になっておったのじゃ。
不思議じゃのう……」
「うわぁ……」
ノラムはついに、机に突っ伏した。
「……ルーチェに限っては……ラッキーでも才能でもなく、ただただ“嫌な予感しかしない”……」
彼女の声は、限界の向こう側に届きそうなほど、深く、重く、疲れ果てていた──
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