邪淫の恋
地下世界ドゥアルトは闇と混沌が支配し、おぞましい魔物が蠢く冥府である。
墓所に葬られた死者は生前の罪の審判を受けるため、まず、骨齧り鼠ラタスクに自らの骨肉を捧げ、ドゥアルトの案内を請わねばならぬ。
ドゥアルトは総じて四十七の階層に別れており、まず死者が赴くのは吐き気を催すような汚水の湛えられた水路が何百、何千と張り巡らされた無人の街。
水路の中心には祭壇が設けられており、その真下には黒光りする鱗に覆われた巨大な口が、幾重にも生えそろった牙をむき出しにして大きく開かれている。
この怪物こそ、死神と称される古の龍モルグ。
怪物は祭壇の下で永劫の時を過ごし、 自らのもとに訪れた死者達を喰らい、彼らの魂魄を地下世界の更に深層へと送り出す。
モルグには半人半蛇の奇怪な姿の娘達がいて屍衣の乙女と呼ばれる。
乙女達は小舟を操り水路にさ迷う死者たちをかき集め、父たるモルグの咢へと運ぶ。
屍衣の乙女の一人、ミズチは他の姉妹同様、自らのこなしながらいつも疑問を覚えていた。
なぜ私達はこのような場所でこんなことをしているのか。
いつまで続けなければいけないのか。終わる日は来るのか来ないのか。
その疑問が大きくなった頃、彼女はとある男と出会う。
死者ではない。男は生者だった。
男はミズチに訴えた。
御婦人よ、この恐ろしい場所から妻を連れ戻すためどうかご助力願いたい。
妻は心臓がと止まり、死者としてこちらに送り出されたがそれは間違いです。
妻はそう言う奇病を患っており、いつも半刻もしないうちに息を吹き返すのです。
男の話を聞くうちにミズチは己の内に火花が炸裂するのを感じた
男の妻に向けられた情熱や想いを感じ取り、ミズチは激しく揺れ動かされた。
憧れ、惹かれ、嫉妬さえ覚えた。
そして、目の前の男をなんとしても自分のものとしたいという恋慕の情が溢れ、ミズチには止められなくなった。
平静を装い、ミズチは男にこう告げた。
では、どうぞ私の船にお乗りください。奥様のもとまでご案内しましょう、と。
男は喜び勇んでミズチの船に乗り込んできたが、ミズチは隠し持った短剣で男の喉を素早く切り裂いていた。
手にかけたばかりの男の骸を抱きしめ、ミズチは泣き笑う。
男の生命が自分の物になったのと同時、永遠に失われたことを知ったからだ。
ミズチは男の身体を引きずってモルグの咢へと飛び込み、偉大で邪悪、そして慈悲深い牙に粉微塵にかみ砕かれ――、二人は一つとなった。
名輿文庫【漆黒の幻想小説コンテスト】参加作品 和田 賢一 @wadaken
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