「貪欲のゾルーク」
竜人ゾルークが《皮剥ぎ砦》の豚鬼どもを襲撃したことに特別な理由はない。
翼をはためかせ、漆黒の大空を自由気ままに飛び回り、ふと地上を見下ろした際、たまたま目に入った矮小で汚らしい虫けらどもを思わず潰したくなっただけだ。
ここは百万を超える異形の獣どもが蠢く大陸、ギンガムベギル。
異形どもは知性はあっても理性はなく、叡智はなくとも狡猾で危険な怪物達だ。
暴力と死。この二つだけが絶対の秩序にして法であるかの地では、常に戦が絶えず、大地は無造作に巻き散らかされた血と肉で穢れきっていた。
《皮剥ぎ砦》は大陸の
百年ほど前から醜悪な半人半獣の豚鬼どもが巣食い、近隣に生息する別種の力の弱い怪物を喰らうため、群れで襲ってはそこに連れ去っていた。
豚鬼どもの王は巨漢揃いな一族の中でも一際大きく、獲物の皮を生きたまま剥ぐという狂暴性の持ち主だが、ある時、そんな邪悪な日々は突然の終わりを迎える。
獄炎のあるじ。生血を啜る翼。静寂の破壊者と言った異名で呼ばれるゾルークの手荒い訪問を受けて。
虐殺は速やかに行われた。ゾルークがその鋭い爪を閃かし、太く強靭な尾を一振りするたびに豚鬼どもは細切れとなっていった。最後に豚鬼どもの王の頭を食い千切って始末をつけ、ゾルークは彼らの宝物庫に向かった。とは言え金銀財宝の類に興味があるわけではなく、次なる殺戮に備え、滋養の高い食べ物を漁るためである。
しかし、食料は見つからず、その代わり鎖で壁に繋がれた奇妙な生き物を発見した。
爪も牙もない実に貧相な生き物。それはまだ幼い人間だった。
「小癪な豚鬼どもめ! 人間と言えばその肉を喰らえば神にも等しき力を得ると言う伝説の珍味。千年以上生きた俺だが、まだ一度も口にしたことはないぞ」
早速大口を開いて食らいつこうとしたが、ゾルークは「いや待て」と思い留まった。
人間の子どもが女だったからだ。
今、此奴を喰ってしまえばそれまでだが、とゾルークは逡巡する。男をつがわせて子を産ませ数を増やせば好きな時に好きなだけ肉が喰えるではないか、と。
女の子はここより遥か北方の地から豚鬼どもに攫われて来たのだとゾルークに訴えた。「では俺が仲間の元へと連れて行ってやろう」猫なで声でゾルークは答えた。
「怪物どもがお前を狙ってきたとて案ずるな。この俺が指一本触れさせぬから」
こうして二人は《伏竜山脈》を超え、遥か北へと旅立った。
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