第5話 捕らわれたPZは少年と出会う

 男は目を開ける。視界に入ったものは白いベッドだ。寝返りを打って、仰向けにして天井を見ると、ドーム状の屋根らしいものが目に映る。


「ここ……は」


 身体をゆっくりと起こす。そして自分の格好がローブ姿になっていることに気付く。


「俺は実験のモルモットになったのか?」


 最後を思い出したPZは周辺を見渡す。大理石に近い床に、鮮やかな花が咲き誇る庭が広がっている。噴水広場みたいなところで、エプロンを着たロボットが飾りのないロボット数体を叱っているように見える光景があった。


「その……すみません。ここのロボット優秀なんですけど、加減というものを辞書にないんだよ」


 PZの傍に短い茶髪の可愛らしい少年がいた。どこからどう見ても、ホモサピエンスだ。そう思ったPZの目が自然と大きく開く。


「ふふっ。何でって顔になってる」


 少年は笑いながら、その男の頬に触れる。PZは戸惑いながら、小さい声で事実を述べる。


「当たり前だ。この塔がヴィクトリア湖に落ちた時、生存者がいなかった」

「そりゃそうだよ」


 少年はPZに抱き着く。抱き着かれた男はピクリと身体を震わせる。


「パパとママに守られて生き残って、ほんの少し時間が経って、俺はロボットに回収された。あ。エプロン着てる彼女がそうなんだけど」


 少年は噴水広場にいるエプロン姿のロボットを指す。


「大怪我を負っていた俺を治療してくれた。でもまあ。息の根に近かったみたいだから、完治するまでに一年はかかったかな。その後は彼女に育てられて、十五歳になって今に至るみたいな」

「完治しているなら出ることも可能だったはずだが」

「そうなんだけどさ。アフリカ大陸って色々問題あるでしょ」


 アメリカ軍の特殊部隊に所属しているPZはアフリカの情勢をよく知っている。だからこそ、俯いてしまう。


「お兄さんは何も悪くないよ」

「だが俺はアメリカ軍に所属している。無責任というわけにはいかない」


 少年は顔を上げる。


「アメリカ」


 まるで幼い子に戻ったような、そういう声を少年は出していた。


「ああ。俺はアメリカ軍の特殊部隊ライトニング所属だ」

「帰れるの。アメリカに」


 何かを縋るように少年はPZのローブの裾を掴む。叱っていたエプロンを着た人型ロボットが近づき、頭を下げて来た。それはまるであなたに託しますと伝えているようなもので、感じ取ったPZは静かな声で問う。


「アメリカ国籍を持っているのか」

「持ってるも何も……俺の故郷は合衆国だよ」

「旅行客か海外赴任か。いや。ヴィクトリア湖含め、アフリカの治安は良くない。親の仕事で来たんだな」


 少年はこくこくと頷く。


「遠方から来たお客様。どうか私たちの無礼をお許しください」


 エプロンをかけているロボットが冷静な女性の音声を発した。突然のことでPZは目を大きく開く。


「発声機能も搭載してたのか」

「彼女だけだよ。似たタイプは二年前にほとんど壊れちゃって」


 少年はそう言いながら、PZから離れる。


「塔の管理人、代表者として、謝罪します。あなたに恐怖を与えてしまったこと。あなたたちが製造した機械を破壊したことを」


 少年の目に涙が出ている。それでも彼はとても真剣な眼差しでPZを見つめていた。謝られた男は全く気にしていない態度を示す。


「大した損害ではない。人材を失っているわけでもないからな。寧ろこちらの方が謝りたいぐらいだ。生存者がいたことに気付いておらず、調査に向かおうとしなかった我々アメリカの責任だ」

「いえ。私にも責任というものがあります。義理の母として、あの子を故郷に送ることが出来なかった」


 女性の声を発するロボットの目がどこか悲しいように感じさせる出力になっている。少年はフッと笑う。


「仕方ないよ。周りが紛争地域になってたり、流行り病もあったわけだし」


 PZは少年の言葉を若干否定する。


「いや。それもひとつの原因でしかないだろう」


 知っている女性型のロボットは縦に頷く。


「はい。彼らが用いた技術はこの星の技術よりも格段に上です。当然、私たちも考慮等を行いますが」


 そのロボットは俯く。躊躇しているのか、女性型の音声が止まる。その数秒後に、PZの口が開く。


「他国にとって脅威となる存在だ。実際、この塔がヴィクトリア湖に落ち、犠牲者を多数出した。それを虐殺だろうという結論を出したことにする」

「ここが報復を受ける形になるってことだね」


 少年は拳を握り、辛そうな表情をする。それでもPZは現実を伝える。


「最悪の場合、アメリカがこの地に核を落とすだろうな」

「あり得ないよ! だって! それはアメリカが犯した大罪のひとつでしょ!?」


 一般の子供らしく、真っ当な倫理観と正義感を持った意見に、PZは目を瞑る。


「そうだな。日本に原爆を落としてから百年以上経過した今でも、それを大罪ではないという声もある。だが国家にとって核は抑止力でもあり、政治のカードでもあり、兵器という認識が現実だ」


 ゆっくりとPZは目を開ける。感情のままに叫んだ少年の頬が赤くなっていることを確認する。


「辛くないの?」


 突然の少年からの問いにPZは戸惑いを見せる。


「辛いとは何のことだ」

「組織の一員だから下手に反論できないっていうのは分かるよ。……PZ。噂に聞く次世代人間計画で誕生した最初のひとりなんだよね」


 PZはため息を吐きながら、頭を抱える。目の前にいる少年が機密情報を知った理由はただひとつ。それを指摘する。


「……ハッキングをしたのか」


 少年は素直に肯定する。


「うん。あなたが自分の意志でほとんど動けられる立場じゃないっていうのを理解したよ」

「構わない。寧ろ俺がここまで生きていること自体が奇跡だ」


 男が示した態度に、少年は悲鳴すら出せない。男は更に情報を追加する。


「実験段階で俺の同期は誕生すらも出来ていない。それに支援があったとはいえ、成人になることが出来ること自体が研究者にとっての想定外だった。一年後の実験ですら、現在まで生存している弟妹はひとりだけだしな」


 クローン技術や遺伝子操作の技術を何となく知っているからこそ、少年は疑問を出す。


「クローン技術の難易度はそこまで高くないはずだよね? 今は禁止されてるけど」

「次世代人間計画の目的は難易度の高いものだ。それをアメリカ軍の上層部も関与していた。頑丈で強い、操り人形が欲しいがために」

「それが……あなたなんだね」


 辛そうな少年の顔を見つつ、PZはごろりと横になる。


「……あの後も実験を繰り返し、数年前に計画が凍結した。生きている弟妹は六人だが、アメリカ軍に所属できる数値や年齢に至っているのは俺だけだ。もっとも、約束を結んだというのもあるがな」

「約束?」

「計画の主導権を握っていた研究者と話し合い、軍の上層部に伝えたものだ。計画で生まれた弟妹の保護と人権を認めること。政治の道具にしてはいけないことも入っている」

「その代わりにあなたが軍に入ったんだね」


 PZは無言の肯定をする。泣きそうになっている少年の髪を撫でる。その少年から漏れ出ている雫がぽたりと自身の頬に当たる。気付いたため、励ますかのように声をかける。


「俺のために泣く必要はない。この塔の管理人だろう」


 少年は横に振る。


「だって。守るために身体が傷だらけになって」


 成長している途中の、細めの指先がPZの傷跡がある腹筋に触れる。PZは柔らかく笑う。


「誉とも言うだろ。気にするな。それに最近は計画が公表された。人権委員会などの活動がやたらと活発になって、俺自身も以前より動きやすくはなった。それで十分だ」

「まだ軍の所有物に等しい状態ですよね」


 女性型のロボットの鋭い指摘にPZは短く息を吐く。


「そう簡単に変わらないということだ」


 少年は仰向けになっているPZを跨る。その行動は予想外で、PZもロボット達も困惑する。


「でもいつかは自由の身になれるんだよね」

「お前が想像するようなものではない。軍は……。何するつもりだ」


 少年はPZを覆いかぶさるように、四つん這い状態になる。行動が読めないため、PZは目的を問うしかなかった。


「んぅ!?」


 突然、唇と唇が重なった。一瞬だけとはいえ、固まってしまう行為である。見てしまったロボットの大多数は手で顔を隠そうとしている。やや騒がしい周囲を気にすることなく、少年は宣言をする。


「俺があなたをアメリカから奪うよ」

「正気か! というか何故俺にキスなんて!」


 PZは声を荒げながら、顔に熱が集まっていることに気付く。


「好きになっちゃったから」


 少年は照れるように答えた。


「強くてかっこよくて。クールでキュートで」

「矛盾しているが」


 少年の言葉の矛盾を突いても、少年の言葉は続く。


「あなたはもっと自由に飛べる。けど。俺には鎖に囚われているように見えたし」

「いや。俺は十分に自由だ。これ以上望むつもりはない」


 腕時計型の端末の振動に気付き、PZは上半身を起こす。訝しげに左手首に装着している端末を見る。緑色で点滅していた。


「……撤退直前に通信を切ったはずなんだが、誰が通信を繋いだ?」

「私がやりました」


 女性型のロボットがサムズアップをする。少年は苦笑いをする。


「ピーター! 聞こえるか!」


 ホワイト医師の心配そうな声で、PZは軍人としての態度に戻る。


「ホワイト医師か。こちらPZ。紆余曲折を経て、居住エリアらしきところに到達。数年前の宇宙から飛来した物体の衝突で生き残った少年を発見」

「あれは生存者ゼロだったはずだが」


 戸惑う医師の声を聞き、PZは目の前にいる少年を見る。視線が合った少年は傾げる。


「詳細は後だ。発見した少年はアメリカ国籍を持ち、帰国したいと希望している」

「すぐは無理だ!」


 当然出て来る否定の言葉にPZは静かに頷く。


「そうだな。だが俺には何もできない。それをあなたは知っているはずだ」

「頭が痛くなってきた。ピーター。ダンジョンから出て、第二キャンプ地に移動してくれ。例の少年と共にな」

「了解」


 通信を切ったPZは再びベッドで横になる。ただのダンジョン探索が救助活動に変わり、コントロールしていた感情が乱れていた。その現実を改めて実感し、ため息を吐いた。


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