1.
そこは大きなドーム状の会場。
明るいそこには中心を囲むようにして、沢山の人々が興味津々な様子でワクワクと胸を弾ませる。中央のステージは他よりも明るく、様々な道具が置かれている。フラフープ、大きなボール、何に使うか分からない大きな箱・・・あ、生きている猿もいる。自由気ままにのそのそと歩くライオンもいる。
もしや動物園なのだろうか?
いいや、違う。見当外れもいいところだ。そこは誰もが知る有名な移動サーカスが偶然足を運んだ、大きなレンタルステージだ。
「LADIES & GENTLEMAN!
ようこそいらっしゃいました、移動サーカス【JOKER】へ!!」
スポットライトに照らされた二人の少年少女は被っているハットを胸に当て、そっと頭を下げる。待ちに待っていたサーカスの始まりの合図に観客は割れんばかりの歓声を送る。少年少女は顔を見合わせて、満足げに頷く。少年は太陽のような笑顔を浮かべて、ばっと手を広げる。
「俺は、このサーカスの団長をしています。
以後お見知りおきを」
そう言う彼は、小さく結い上げている白髪のメッシュが入った小豆色の髪を揺らす。頬を紅潮させ興奮する観客を見回す、金色の猫目はライトに反射してキラキラと輝いている。陽気な雰囲気はまさに太陽のようだった。だが、その雰囲気を引き締めるように執事のような黒い燕尾服を身にまとい、頬にはピエロらしい星の化粧を施している。その姿には観客の女性も黄色い悲鳴を上げた。
「
そう言ってニッコリ笑顔を見せる彼女は、橙色に近い黄金色の跳ねた髪、宝石のような紫色の丸い瞳を持っていた。ジョーカーと違い、フリルの付いた水玉模様なよりピエロらしい服と二つに裂けたよく見るピエロの帽子を身にまとい、名に冠する涙目の化粧を施している。無邪気な笑顔と明るい雰囲気の彼女に皆頬を緩める。さながら子の演奏会を見守る親である。
二人はにやぁとほくそ笑むと、左右にばっと手を広げて高らかに叫んだ。
「「では、サーカスショーの始まり始まり!」」
二人が告げると、ぱっとスポットライトが消え、真っ暗になる。観客席から不安や驚きの声があがるが、心の中ではわくわくと胸を弾ませ期待しているのだと、ありありと分かる。
ふと、ステージの一点にスポットライトが照らされる。そこは綱渡りの綱がかかっているポールの下である。
「はーい、みなさん! さっきぶりですね!
あたし今から何すると思いますー? そう、綱渡りです!!」
ジョーヌは「みててくださいねー!」と笑顔で観客に手を振る。観客は手を振り返したり、興奮した様子で彼女の行動を見つめたりする。彼女は慎重にポールの梯子を上り、てっぺんにかかっている縄にぎしりと片足をのせる。このときに足の人差し指で親指で縄を挟みバランスをとるのがとても難しいのだ。だが、それを表に出さず、さも簡単かのようにジョーヌは笑顔を浮かべる。
ポケットから色様々なお手玉を取り出し、楽し気にお手玉をしながら縄の上を歩く。観客席から、多くの歓声や拍手が起こる。
「こんなのまだまだぁ!」
ジョーヌがそう叫んで手玉を宙に投げる。いつの間に取り出したトランプを素早く飛ばし、それが手玉に当たると、手玉は綺麗な花弁をまき散らしながらぱんと弾けた。一層、観客の歓声は大きくなり、必死に花弁を取ろうとする子供も、ちらほらいた。
ジョーヌはお辞儀し、また縄の上を歩きだす。観客は次起こるだろうことに胸を高鳴らせ、じっとジョーヌを見つめる。
「ぅあ!」
ジョーヌの体が斜めに傾く。普通であれば、それはなんら問題ない。だが、縄の上となると話は別である。
そのままジョーヌの体は宙に放りだされた。
「「「!!??」」」
観客は思ってもいない事態に驚く。子供は「きゃっ」と悲鳴を上げて、掌で両目を隠した。だが、ジョーヌは少しだって表情を変えることはない。にんまりと悪戯な笑みを浮かべる。
「ったく、ジョーヌは・・・」
そう呟くと彼――ジョーカーはブランコに乗って、ジョーヌの手を掴んで助けていた。ジョーヌは「ふふん」と鼻を鳴らして、落ちないようにジョーカーの腕を掴む。
「ふふっ、流石だんちょー!」
「あぶないだろーが」
「えっへへ」
そんな会話をしている最中に、二人は歓声と拍手に包まれる。みんな安堵からか、「よかったぁ」「ひやひやしたよ」と口々に叫んでいる。
「へへっ、なんか照れちゃうな」
「とんだ赤っ恥だよ、まったく」
ジョーヌとジョーカーは火照った顔を隠しながら、余裕を装ってひらひらと手を振る。
ジョーヌのあれはわざとなのか気になった観客はいるだろう。確かにジョーヌならこんな奇想天外な行動はやりかねない。だが、実際のところはそれが真実かどうかはジョーヌにしか分からないのである。
ジョーヌはジョーカーの助けもあり、無事に縄の上に戻ることができた。ぴょーんと宙返りをしたり、側転をしたり、観客が驚くことばかりをしながら、気づいたときにはポールに到着していた。
演技が終わってしまったことを残念がりながらも、観客は大きな拍手を彼女に送った。
「では、次は白の魔術師と、赤の召使です!」
とジョーカーがブランコに乗って揺れながら
勿忘草 沖田浅葱 @asagi-okita
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