勿忘草

沖田浅葱

第1章 愉快な七色サーカスの、呪われた団長

prologue

そこは一言で表すなら地獄だ。

一面は炎に包まれ、未だにごぉごぉと燃え盛っている。その場所にかつてあったものをすべて燃やしたせいか、酷い悪臭が辺りに立ち込めている。炎が揺れて時折見えるのは人間に見えなくもない、黒い何か。何なのか想像するだけで吐き気が催される。


その地獄の中、二人だけが存在していた。


「貴方はJOKERよ。

一枚のトランプをあげる、代わりに魂と名前を頂戴。ね?」


そう言うのは一人の女性だった。地面につくほど長く傷んだ白髪。血を閉じ込めたかのようなどろっと鈍く光る赤い瞳。とても普通の人間に見える容姿ではなかった。一見とんでもない美女で息を呑むが、女のあまりにも整った恍惚とした笑顔を見た途端、嫌な予感が体中を這いずり回る。

だめだ、この女は決してかかわってはいけない類のものだ。

それはどんな人間にでも感じ取れるほど、分かりやすい異質な存在だった。そもそも可笑しいのだ、炎が女の為に生きているかのように道を開けるだなんて。決して普通でない、それ。

女はゆったりとした動作で目の前にいるぼろ雑巾のような少年に近寄る。自然な動作で少年のやせ細った頬を撫ぜる。

少年は大きな喪失感を覚えた。その通りである。記憶も、感覚も、全てこの瞬間に消え失せたのだ。


「うふふっ、じゃあ貰っていくわね。

貴方は決してあの業を忘れてはいけないわ、たとえ貴方のものでないとしても」


そう言って女性は地獄の業火に包まれ、次の瞬間に消えた。

少年はボロボロと涙を流す。何故か、だなんて分からない。

失ってはいけないものを失ってしまった気がする。

あの女性を決して許してはいけない気がする。

あの女性を追いかけなければいけない気がする。

そんな使命感にかられる。


「かえせ・・・かえせよ・・・っ」


少年は業火に身を包まれる痛みに飲まれる中、必死に叫ぶ。


「返せ、返せぇぇぇぇぇぇェェェェェ!!」


いったい、どうすればこの空っぽの心の中身が返ってくるというのだ・・・っ?


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