憶測と批評
かさごさか
後日談:SideA
『―――あの夢を見たのは、これで9回目だった。』
つけっぱなしのテレビから流れてきたセリフに
どうやら、ホラー映画のCMだったようだ。まだ春先に片足を突っ込んだくらいだと言うのに、随分と季節外れな時期に公開するものだと思った。
「…ホラー映画は苦手じゃなかった?」
「スプラッタが苦手なだけだよ。
雨原の目の前で、白衣を着た女性が足を組み直す。
ここは外壁を蔦が覆い、すっかり名前が隠れてしまったアパートの一室。志馬と呼ばれた彼女はそこで非合法な診療所を営んでいた。
本日、雨原がこの診療所を訪れたのは、どこか不調なわけではない。つい先日、存在を知った奇妙な紙人形について医者の見解を聞くために来たのだった。もちろん雨原に紙人形を教えたミカミも同席している。
雛人形を模して作られたそれには綺麗な千代紙が使われていた。裏返すと解体できるようになっており、折り目を広げると中には粉末が入った小さな袋が入っていた。
助手である
雨原の方でも手を回し、回収を試みたが頼んだ相手が悪かったのかいくつか紛失してしまったと報告を受けた。
「ていうか、紛失目的で
「そんな回りくどいことしないよ」
「するだろ。たまに」
誰も雨原の味方になってくれない。2対1になる状況はよくあることだ。それこそ先ほど見かけたCMのように9回目、どころかそれ以上だろう。
「いや、誰もこんな手間も金もかかる面倒なことしないって」
「まー、俺が見せに行った時に初めて見たって感じだったしなぁ」
中途半端な擁護をしつつ、ミカミは湯呑みを傾ける。まだ湯気が立つ中身は思っていたよりも適温であった。
「じゃあ、誰がこんなことしたのよ。少なくとも事実として、こんな回りくどいことした人がいるんだから」
「それがわかったら志馬のとこ来ないって」
「理由も目的も、誰かもわかんねーから志馬センセのお力を借りたくて」
雨原もミカミも肩ほどの高さまで両手を上げ、お手上げ状態のジェスチャーをする。男2人揃って開き直った様子に、志馬はため息を吐き、オーバル型の眼鏡を押し上げた。
「やったことが回りくど過ぎて、理由や目的なんてあたしにわかるわけないでしょ。こんなの」
「余程、金がある暇人じゃないとやんないよな。こんなこと」
「暇人にしても要領が悪いと思うのよね。不器用さんなのかも」
まだ見ぬ首謀者に対し、好き勝手に批評する2人を見ながらミカミは再び湯呑みを傾けた。中身はとうに空であり、空気を飲む羽目になってしまった。
つけっぱなしのテレビでは、いつの間にか旅番組が流れていた。放送日がズレている旨のテロップが表示されている。数人のタレントが水路の傍を歩いていた。
冒頭から見ているわけでは無かったので、土地名はわからない。ミカミ自身、旅への興味は薄いほうなのでこの手の番組はあまり見ないのだが、妙に気になってしまった。
急に喋らなくなったミカミがテレビを注視するものだから雨原と志馬も目を向ける。
番組内では、綺麗な和柄の紙で作られた一対の雛人形を水路へと流しているところであった。
憶測と批評 かさごさか @kasago210
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