異世界危機管理無双 ~灯油は飲み物じゃない!~

高菜黎明

第1話 え!?灯油は飲み物じゃないんですか?

そこは酷いありさまだった。

村のあちこちに火の手が上がり、村の住人たちが所々で倒れていた。

「どうなってるんだ!?」

俺は、魔法で鎮火し、倒れている人を回復しながら、走り回った。



やがて無事な住民を見つけた。

そして、彼らがやろうとしていたことを目の当たりにして、思わず叫んだ。



「やめろ!灯油は飲み物じゃない!」




俺の叫び声に、村人たちが体をピクリと震わせた。

「え!?灯油を飲んではダメなんですか!?」

彼等は皆手に持った容器に灯油をなみなみと注ぎ、今飲もうとしていた。


「灯油を飲んだらな!人は死ぬんだよ!」

俺の言葉に驚愕する村人たち!

「な、なんと!」

「た、確かに灯油を飲んだ後、死人が大勢出ましたがまさかそんな因果関係が!?」

「てっきり魔王軍の仕業かと思ってました!」

村人たちは納得し、灯油の入ったコップをその辺に置く。

「そんな、知恵を持つ貴方は一体何者ですか!?」

「も、もしや!女神さまの遣わせし、賢者様では!?」

ひれふす村人たち。




俺がこんな目に遭っている経緯を説明しようと思う。


皆さんは経験がないと思うが、俺はいわゆる異世界転生というものを今まさに体験している。


時を少しさかのぼる。


俺の前世は大手ゼネコン雇われの現場監督、忌田大佑(キダダイスケ)であった。

今、俺は、無機質な白色の空間に立っていた。

目の前にはゴツいデスクがあり、その向こうには、あからさまに女神としか形容し難い女が座っていた。


彼女は無機質な目で俺を見た。

「おはようございます、キダダイスケ様」

無機質な声に、不意を打たれ、俺は少し慌てた。

「お、おはようございます」


「早速ですが、あなたは現場の事故に巻き込まれ、死にました」

衝撃の事実をさらっと言いやがった!

「えっ!?」

「あなたは若い労働者を庇い死んだのです」

俺は思い出した。

確かに俺は建設現場で現場監督をしていた。

だが、鉄骨を吊り上げたクレーンが突如吹いた強風にあおられ、転倒。

逃げ遅れた若い作業員を突き飛ばし、代わりに鉄骨の下敷きになり、俺は死んだのだ。

「私は、最期まで務めを果たしたあなたに敬意を表し、異世界転移の権利を与えることにしました」

「お、おお!?」

異世界転移!本当に存在していたのか!俺の心は沸いた。

「さらに特典として、一つ、チート能力を授けましょう。その力を十分に発揮すればあなたは英雄として、異世界に君臨できますでしょう。さて、どんな能力が良いですか?」

「……例えば、女にめっちゃモテるとか、できる?」

「できます」

女神は頷く。

「超能力が使えるとか」

「できます」

「最強の剣士とか」

「できます」

女神は勿論と言った顔で頷く。

「ただし一つだけですよ」

付け加える。

俺はしばらく考え、決めた。

「じゃあ、MP無限の万能の魔法使いで」

女神は頷いた。そして、

「承りました。では、……えい!」

俺に向かって指からビームを放った。

「ふおおおお!!」

ビームを浴びて、俺は力が沸いてくるのを感じた。

何たる万能感!俺は今まさに何にでもなれる存在になったのだ!

「満足できたようでなによりです。では良き異世界ライフを」

女神はさようならと言わんばかりに手を振る。

その瞬間、俺の足元の板がパカッと開いて、俺はそのまま転落した!

「バラエティ番組かよ!」

俺は落下しながら叫んだ。



ふと気が付くと、俺は空を落下していた。

遠い光景が目に映る。

大森林に、火山に、巨大な樹木。広大な海。空を飛ぶ翼竜!

明らかに以前住んでいた世界とは違うのを実感し俺の胸は高鳴った!


しかし、このまま落下が続けば、俺は間違いなく死ぬ。

これは貰った能力のチュートリアルと言ったところだろう。

さっそく魔法を使ってみることにした。

使い方は、いつの間にか頭の中にある。親切なものだ。

「いくぞ!飛翔!」

途端、俺の体は自由落下から能動的な飛行に移る!

「おお!これはすごい!思ったように飛べる!」

俺はそのまま飛行を続けた。たまに狂暴な巨大猛禽類が襲ってくるが、その程度、敵じゃない。

火球ファイアーボールを何発か当ててやると、尻尾を巻いて逃げていった。

そして俺は、飛行しながら、遠見の魔法を使う。よく世界を観察するためだ。

「ん?あれは?」

よく見ると、煙を上げる村があった。

「お、さっそく、不逞の輩に襲われる第一村を発見!」

まさに英雄譚の始まりを告げる展開じゃあないか。

気分が高揚した俺は、その村に飛んで行った。




そして冒頭に戻る。


村人は皆、俺を賢者と崇め奉った。

「そもそもなんでアンタら、灯油を飲んでたの?」

「透明だから水の代わりになるかなと。それに燃えるし、アルコールの一種かと思いまして、酒の代わりに」

「全然違うわ!」

俺は、灯油とアルコールの組成の違いから、人体への影響を事細かに村人たちに説明する!

「おお、灯油を飲むと毒物になるということですな」

「てっきり魔王軍の仕業かと思っていました」

「これから灯油は、燃やすのみに用途を限定いたしましょう」

「どうりで、畑にまいたら、作物が枯れるわけですな」

村に上がっている火の手。さっき魔法で鎮火したが、まさか……

俺は恐ろしい発想を浮かべた。

「アンタら、この火事の原因って、野盗の類の襲撃か?」

「違いますな。この数年、野盗なんて見たことありません」

嫌な予感がした。

「……まさか、灯油を火の側に置いていたか?」

笑う村人たち。

「あっはっは、ダイスケ様。我々とて、火の側に灯油を置きませんよ。もったいない」

もったいないの意味が解らないが、ひとまず良かった。

「おお、そうか良かった」

俺は安堵した。


「置いていたのは、――ガソリンです」


「ば、馬鹿野郎!!!」

俺は思わず声を荒げた。

神の怒りに触れたかのように、平伏する村人たち。

「ま、まさかガソリンを火の側に置いておくと、何かまずいんですか!?」

明らかに初めて知ったと言わんばかりの村人たち。


俺は、今さらながら猛烈に後悔していた。

あの女神、なんて世界に転移させやがったんだ!

怒りに打ち震えた。

しかし、抗議しようにも声は届かない。

まして元の世界に戻る手立てもない。

この世界で、俺は生きていかなくてはならないのだ。


その現実に、……俺は打ちのめされようとしていた。




これは、俺、キダダイスケが、危機感が著しく欠如した異世界で、生前の危機管理知識を活用し無双する話だ。




……なんか違うくないだろうか?




続く。




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