嘉納桃李の夢

おめがじょん

嘉納桃李の夢




 ──あの夢を見たのは、これで9回目だった。





 ある日、東京魔術大学のキャンパス内にある会議室。

 半裸の学生が正座させられている横で、大人の男女二人が座っている。



「──八代。次、学校で裸になったら処分すると言ったよな?」


「ええ。でも女子と野球拳する事になったら仕方ないでしょう。僕はこうなった事に悔いは無いです」


「だそうですが、小夜子さん」


「そうね。その潔さはアンタの美徳よ、八代。──でも、やった事へのケジメはきちんとつけなきゃね」


 伊庭小夜子の言葉に息子である伊庭八代の顔が青くなった。

 学内において体術では敵なしの八代も未だにこの母親には敵わない。この後待ち受ける未来は容易に予測が出来た。ダッと何の予備動作もなく高速で移動をしようとしたが、小夜子の足が伸びてすっころび、勢いづいたまま八代は教室の壁へと叩きつけられた。


「お母さん言ったよねー? 多少はハメを外すのもいいけど、女の子泣かせたりしたらダメだって……!」


「母ちゃん違うよ誤解だよ! あの女、ゲラゲラ笑いながら僕のパンツ燃やしてたんだから!」


「言い訳する男はクソだってお母さん教えたよねー? お父さんみたいになりたいのかなー?」


「いえ、小夜子さん。それは事実です。学校内で裸になった事を問題視して欲しいのですが……」


「え? そうなの? でも、流星寮に居た頃、"アイツ"以外いつも皆裸だったじゃん」


「私は下着は履いていました」


「相変わらず固いなぁ……。あ、八代がいない」


 小夜子が目をやると八代が転がっていた所に熊のぬいぐるみが代わりに転がっていた。息子と追いかけっこをするのも久しぶりだ、と小夜子がニヤリと笑う。ダンッと床が轟音を立てた時には小夜子の姿は窓の外へと飛び出していた。


「まったくもう……!」


 嘉納も窓から外へと飛び出す。

 高位の血継魔術師二人の追いかけっこがどれだけの被害になるかわからない。嘉納が全速力で追った先では既に距離を詰め始めた小夜子と半泣きの八代の姿が見えた。


「ほれほれ八代どうしたのー? 捕まったら、罰としてアンタの部屋にあるえっちな本全部没収だからねー」


「ちくしょおおおおおおおお!!! アラフィフのくせにいいいいいいいい!」


 八代が再度加速した。魔導力科の実習棟がある方面へと逃げていく。いつもの逃げ場所だ。小夜子の天敵がいるので前に似たような事があった時も八代はここに逃げて来た。


「"アイツ"呼ぶ気だな……!」


 意図に気づいた小夜子が更に加速した。そして、魔導力科の実習棟が見えて八代は大きく叫んだ。


「凪朝さぁぁぁぁん! 助っけてぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 微笑ましい景色だった。こうあって欲しいと願ってしまった。そして気づく。何時もの事だった。これは夢なのだとまた自覚してしまった。



「──はっ!?」


 嘉納桃李は、夢から覚めて夜中に跳び起き、自己嫌悪に陥った。

 今更どうにもならない。だが、こうなってくれたら良かったのにと三十年間幾度となく願った景色だった。初回は泣いた。2回目も泣いた。3回目は酷く落ち込んで外に出れなくなった。そして、4回目以降は陰鬱とした気分になるだけだった。

 

「小夜子さん……凪朝……」


 自身が生涯で得た無二の親友は二人とももうこの世にいない。

 こうなってくれたらどれ程幸せだっただろう。

 陰鬱とした気分のまま、嘉納は今日も一人生き残ってしまった世界で生きている。






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嘉納桃李の夢 おめがじょん @jyonnorz

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