第7話

昨日のバーは営業時間外のため閉まっていた。

フロントで忘れ物がなかったか確認すると、那智香のケープとスマホを見つけることができた。

礼を言って藤代に上着を返し、ケープを羽織る。

スマホの通知には柚季からのJOINがたくさん来ている。

返信を送るとすぐに電話がかかってきた。


『那智香!!なんで連絡くれないの!』

本当に心配だったのだろう。電話から溢れる声量に思わずスマホを遠ざける。

「ごめん、スマホ忘れちゃったみたいで…すぐ連絡できなくてごめんね」

『もう!本当に心配したんだから!』

「ごめんって」

『今どこにいるの?』

「えっと、一階のフロント。藤代と一緒に」

『藤代?!』

さらに高くなった声に少しだけ耳がキーンとした。

『大丈夫なの?!』

高校の頃からの藤代の態度を隣で見てきたのだ。柚季なりに思い出すこともあるのだろう。

『何もされてない?』

「ふえっ?」

さっきまでの事を思い出し素っ頓狂な声が出てしまう。とっさに誤魔化そうとするが

『…されたんでしょ?』

流石大親友。こういう時は察しが良すぎる。

『そこにいてよ!すぐ向かうから』

電話を切るのも勢いがいい。


ふと隣を見ると、藤代は電話が終わるまで待ってくれていた。


「声でっか」

「え」

「柚季だろ?こっちまで聞こえてた」

「あ、ははは」

「こっちまでくんのか」

「うん、そうみたい」

「ふーん…」

興味が無さそうにまたスマホをいじりだす。

そういえば、藤代は昨日の出来事をどこまで覚えているのだろう…。

聞こうかと思ったがやめておこう。

今更、純情ぶるほど恋愛経験が浅いわけでもないのだ。

流石に、一夜だけの関係は初めてだが。

忘れているのなら、お互い忘れたままでいい。

ただ、那智香が今まで思っていたほど悪い奴ではないのかもしれない。

部屋での出来事だけでなら、今のところ良い奴と言えるけど。


(それでも、わざわざ一緒にここまで付いてきてくれたんだよね)


今までは那智香が大げさにビビり過ぎていただけで本当は優しい奴なのかもしれない。

「本当にありがとう。ここまで付いてきてくれて」

「ん」

素っ気ない態度に少しだけ慣れた気がした。


さて、那智香の用事は終わったのだ。

もう一緒にいる理由もないはずだろうに、一向に離れる様子がない。


(まさか柚季が来るまでいるつもりなんだろうか?)


共通の話題が思いつくわけでも無いし、流石にこのまま無言でいるなんて辛すぎる。

柚季に藤代と一緒にいるところは、なんとな見られたくなかった。


「じゃ、じゃあ」

「は?どこ行くんだよ」

「えっと…ちょっとお茶でも買ってこようかなって思って」

「ここで待ち合わせしてんだろ。変なとこ行ったら行き違いになるぞ」

ごもっともだ。

「…れ、連絡するから大丈夫です」

「じゃあ」

やっと目が合ったかと思うとスマホを差し出してくる。

「俺にも連絡先教えて」

「え?」

「ダメなの?」


(は?ダメなのって?なに?その顔

たまに仲良い人に幼い感じのあざとい顔してたね。

初めて見たけど!そんなさ、いきなりかっわいい言い方しちゃってんの?)


「おい」

「あい?!」

「ダメなのか?」

「い、いいよ!」

頭に浮かんだ雑念を掃い除け、JOINのアプリを開く。

アプリの交換画面を開いて思うが、私と交換してこいつメリットは何かあるんだろうか。


(交換しても連絡しないことの方が実際には多いからいいか)


「きた?」

「ん」

そろそろ帰ると思ったが一向にその気配がない。

「…どうしたの?」

「…や」

たとえ見知った人であっても、無言で見降ろされるのは普通に怖い。

これ以上は本当に耐えられない。今度こそ逃げよう。

「じゃあ、これで」

「なあ」

「へ?」

「お前さ」



この時の沈黙から感じた嫌な予感は、あながち間違いではなかった。



「お前、彼氏いんの?」

「…え?」


(なんで?そんなこと関係ある?まあ、ここ何年も非リアですけど…)


「おい」

「へいっ!」

「へいってなんだよ…聞いてたか?」

「き、聞いてましたよ」

「じゃあ、どっち」


(なぜそんなに偉そうなんだ?)


「い、ないです」

「ふーん…」


(ふーん…ってなんだよ。興味無いなら聞くな…)


「んじゃあ、これから、俺が呼んだら絶対来いよ」


え?


「俺が呼んだら絶対来い」

「…どういう事?」

「そのまんまだけど?」

「呼んだら来いって、人をなんだと」

「お互いちょうど良い性欲処理になるだろう」

「なっ」


そういう事か!


「最低!そんなの絶対」

「あ?」

「ひぃ」

反論しようとした言葉は、睨みつけられ不発になる。


(さっきまで優しいとか思っていたのが馬鹿みたい…)


「お前も溜まってんだろ?」

「なっ」

「性欲高かったもんな」

思い当たる節がないとも言えず、否定ができなかった。


(ってか…覚えてたの?!)


なんて、そんなことは言い返せず黙ってしまう。せめてもの抵抗をと相手を睨みつけるが、当の本人は言い返せないだろとでもいうようにニヤリと笑っている。

「連絡先ブロックしても意味ないからな」

「…なんでよ」

「写真」

「へ?」

「昨日の写真、色々あってさ。ブロックしたら…他のやつに送ってもいいか。柚季とか」

「そっそんなの、はったりじゃ」

「みる?」

画面をこちらに向けてくる。

「やっやめて!!」

チラッと見えた肌色な画面。直視したくなくて顔を背ける。

「絶対無視すんなよ?」

「…いてい」

「なに?」

「さっっっっっっっいてい!!!!!」


那智香の堪忍袋だって限界がある。

さっきまで部屋で優しかったのは別人だったのだろうか?

こんな最低な奴だったなんて…


「とにかく!そんなこと言われても、私働いてるところ関東だし!いきなり呼ばれても行けるわけないんだから無理です!」

「ふーん、なんて会社?」

「なんで教えなきゃいけないわけ?」

「は?写真送ってほしいの?」

「ぐっ」

全然いらない!

ここまで人に殺意が沸くことなんてこの先あるだろうか。

それでも目の前の人物は本当に写真を送りかねない。

こんな奴に教えるなんて癪でしかない。

スマホを振って意地悪く笑っている。

「……〇〇広告…です」

「オッケー」

(こっちはなにもオッケーじゃない!!)

「この」

「なっち!」

聞きなじみのある声の方を見ると柚季が走って駆け寄って来るのが見えた。

「じゃ、楽しみにしてる」

何も反論できないまま、藤代はニヤニヤ顔のまま去ってしまった。

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