五秒で読める掌編集


【世界の車内から】



「年寄りが目の前で立っているのよ? 席を譲ったらどうなの?」



「なら最低限、声をかけてくれ……。敬語でなくともお願いくらいはできるだろ? あなたは見た目が若く見えるから、実年齢までは分からないし、譲ったら譲ったで『年寄りじゃない』って怒られるかもしれないんだから、こっちも躊躇するよ。――気持ちを察してくれは無理。赤の他人の気持ちなんて分からないっての。おれは超能力者じゃないんだよ」











【流行に乗って】



「最近は短い動画が流行っているみたいでな……俺も作ってみたんだ――ほらこれ」


 見せられたそれは、一秒にも満たない動画の連続だった。


 まるで舞台上の上手から下手へ、僅かな隙間から見える幅を、なにが通り過ぎたのかを当てるような……。


 当然、動画の内容はよく分からない。

 踊ってみたわけでもなく。さすがに動きのない動画ではなかったけれど……、それ単体では意味が見出せない。連続して見ても……やはり分からない。繋げて分かる構成にもなっていないのだから、当然の感想だった。


 ただ短いだけだ。


 手軽に見れて、一瞬で終わる……確かに、選択する暇を与えずに始まって終わってしまえば、再生数は稼げるとは思うが……評価は悪いだろう。


「確かに短いけど……これはお前、短すぎるぜ。

 内容もよく分からねえし……それに、これはもうフラッシュ暗算じゃねえか」











【遠回りが一番の……】



「惚れたあの娘と付き合うためには、まずは将を射んとする者はまず馬を射よ――ということで、遠回りかもしれないが確実な手を使って近づいていこうと思う……つまり」


「ほおほお、興味深いな……微妙にずれてはいるが、まあ分からないでもない。

 ようは思い立ってすぐに告白するのではなく、下地を作っておくってことだろう? 小さなことからコツコツと……、近道をして一発成功は狙わない、か……慎重なお前が一体どんな手を使うのか、お手並み拝見だぜ」


「――つまり、付き合った時点を想定し、その場から逆算するべきなんだ――だから俺は答えを出した……、これだ。『新幹線で』、『座席のリクライニングを』、『限界まで倒す』――これで俺は、あの娘に近づける――……はずなんだ」


「は? ……それ、遠回り過ぎるというか……バタフライエフェクトに頼り過ぎじゃないか?」










【悪口がない世界】



「――だったら、幸せかな?」


「……いや。悪口という分かりやすい他者からの攻撃がなくなるだけで、仮にこれが褒め言葉だったとしても、『それが本来の意味で褒めている』のか、それとも『悪口を封じられたから仕方なく、嫌味として言っている』ものなのか、分からなくなる……。

 そういう時、人は疑ってしまう……、自分で勝手に相手の誉め言葉を悪口と捉えてしまう……。だから悪口のない世界は、自傷行為に終始する世界になるんじゃないか? それが幸せかどうかは分からないけど……、他人から攻撃される人生よりはマシかもな」


 悪口がない世界は、あり得る……ただ。


 傷つかない世界は、あり得ない。




 …おわり

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愚者の世界 渡貫とゐち @josho

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