いつも僕の前には君がいた

せいや KKG所属

プロローグ

「海星、起きなさーい!」

「はーい……」

ゆっくり体を起こす。

今日は4月8日。高校生活の始まりだ。

俺は他県の高校を選んだ。

一人っ子の俺に合わせて、両親は引っ越しまでしてくれた。

なぜわざわざ遠くの学校を選んだのかって?

それは――『高校デビュー』のため。

別に、前の学校に未練があるわけじゃない。特に問題もなかった。

けれど、新しい環境で新しい自分になりたかったのだ。

学校に着くと、お決まりの長い長い入学式が始まった。

それが終わると、次はホームルーム。

みんなの担任を任された佐藤だ。よろしく!」

「「「よろしくお願いします!」」」

「うむ、よろしい。それでは、出席番号順に自己紹介をしてもらう」

(なんだか癖の強い先生だな……まあ、いいか)

淡々と自己紹介が進んでいく。

(……えっ? なんでお前がここにいるんだよ!?)

「こんにちは、出席番号12番の清水彩華しみずあやかです。よろしくお願いします」

俺は、思わず固まった。

(せっかく誰も俺を知らない学校に来たのに……お前がいたら意味ないだろ! それに……こいつ、中学ではリーダー格だったのに、やけに静かだな)

そんなことを考えているうちに、俺の番が来た。

「出席番号35番の中瀬海星なかせかいせいです。よろしく」

(あれ? 俺、高校デビュー失敗してないか……?)

そう思いながら、周囲を見渡す。

(まあ、知ってるやつは清水くらいか……中学時代はおとなしい性格だったし、どうにか誤魔化せるだろ)

「ねえ、中瀬くんだっけ? ちょっといい?」

(全く気づかなかった……俺、呼ばれた? なんで……?)

声の主は清水だった。

俺は不安を感じながら、彼女の後をついていった。

屋上に着くと、清水は俺をじっと見つめ、怒りをあらわにした。

「ねえ、どうして君がここにいるの?」

「それは俺のセリフだよ。どうして君がこの学校にいるんだ?」

「先生が、この学校なら誰も進学しないだろうって言ったから……」

「……俺も同じこと言われたよ」

「ってことは、私たち二人は先生の策略にハマったってわけね」

「それで? 俺を呼び出した理由は?」

清水は少し間を置いてから言った。

「私は……中学とは違う生活を送りたいの」

「だから?」

「あなたは、中学時代の私のことを誰にも話さないでほしいの」

(なるほど……要するに、清水も『高校デビュー』をしたいわけか。でも、中学のことを知ってる俺がいたら邪魔ってことね。まあ、ここで揉めるよりはマシか)

「……いいよ」

「本当に?」

俺が「いいよ」と返事をすると、清水の怒りの表情が一気に和らいだ。

「だから、いいって言ってるだろ」

「ありがとう」

「ただし、条件がある」

「え?」

怒りが消えた顔に、再び緊張が走る。

「簡単なことさ。君も俺の中学時代のことを誰にも話さないこと。俺も君と同じで、中学とは違う生活を送りたいんだ」

清水は驚いた表情を浮かべたが、やがて頷いた。

「要するに、あなたも『高校デビュー』がしたいってわけね」

(おいおい、口に出すなよ)

「ああ、ご想像どおりでございます。じゃあ話は終わりだな。じゃあな」

そう言い残し、俺は一人で教室に戻った。

「おいおい、海星、もうされたのか?」

「ばか、そんなわけねーだろ!」

クラスメイト数人がニヤニヤしながら話しかけてくる。

そんな中、担任の佐藤が教室に入ってきた。

「はーい、みんな! 誰もが待ちわびた終礼の時間だ!」

「「イエーイ!」」

(……普通、先生ってもっと生徒に勉強させたがるものじゃないのか? なんでこの先生はこんなに帰らせたがるんだ?)

「なんで俺が終礼を急いでるかって? そりゃ、新任の先生の歓迎会があるからだ! 酒が飲めるんだよ、酒が!」

(……やばい、マジでヤバい先生かも)

クラス中の生徒たちが、引きつった顔で佐藤を見つめていた。

「よし、解散! 帰っていいぞ!」

「「ありがとうございました!」」

家に帰ると、母さんが声をかけてきた。

「おかえり! 学校どうだった?」

「いろいろあったけど、なんとかやっていけそうだよ」

「それは良かった!」

「ちょっと寝るわ」

「わかった、夜ご飯になったら起こすね」

そう言い、俺はベッドに倒れ込むようにして、そのまま眠りについた。

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