第2話 ナレーションに逆らえない朝

『現在の時刻は七時五分。悠真は、速やかに朝食をとるため、食卓へ向かう』


「いや、まだ行かねぇし……」


 昨日の話だと、ナレーションは強制。

 だが、俺に自由はないのか?


 もしかして、無視できたりしないのか?


 そう思った俺は、挑戦してみることにした。

 あえて無視して、もう一回寝る!


 ――そう決めて布団に戻ろうとした瞬間。


「……あっっ!?!??」


 突然、足がつった。

 しかも、最悪なことに、攣ったままの状態でバランスを崩し――


 ゴツンッ!!!


「がっ……!!!」


 俺の足の小指が、机の角にクリティカルヒット。


『悠真は、ナレーションを無視した罰として、足をつり、さらに小指を強打した』


「ふっざけんなぁぁぁっ!!!」


 俺は床に転がり、足を押さえて悶絶する。

 足のつり&小指のダブルコンボは、地味に効く……!!


「くっそ……こんな嫌がらせしてくるのかよ……!!」


 涙目になりながら立ち上がると、再びナレーションが響く。


『悠真は、速やかに朝食をとるため、食卓へ向かう』


「……はいはい、行けばいいんだろ……!!」


 俺は足を引きずりながら、食卓へと向かった。








「……おはよ」


 俺は椅子に腰掛け、ため息混じりに挨拶した。


「あら悠真、おはよう。ちゃんと起きたのね?」


 母さんが微笑みながら、コップに水を注ぐ。

 その瞬間――


『悠真の母は、息子がどうせ朝食を食べないだろうと考え、何も用意していなかった。』


(は!?)


『そして今、慌てて数日前に買った賞味期限ギリギリのパンを食卓に出そうとしている』


(やめろやめろやめろォォォ!!!)


 俺の視線の先で、母さんが何食わぬ顔で食器棚を開け、パンを取り出した。


 それを俺の前にポンっと置く。


「はい、パンあるわよ」


「……母さん、それ、いつ買った?」


「え? たしか……何日か前?」


『母は、パンの賞味期限が切れていないことを願いながら、そっと包装の裏を確認した』


(おい!! なんで願う側なんだよ!? こっちは食う側だぞ!?)


「……大丈夫よ、悠真。まだいけるわ」


「いや、確認してから言えや」


『母は、「食べたらお腹を壊すかもしれないけど、多分大丈夫よね」と考えている』


(やっぱダメじゃねぇか!!!)


 慌ててパンの袋を確認すると、賞味期限“四日前の日付” がくっきりと刻まれていた。


「母さん、これアウトじゃね?」


「え? まだいけるでしょ?」


「いけるかどうかを俺に試すな!!」


 俺はパンをそっと机の端に押しやった。


 そのとき――


『悠真の父は、無事に高校へ行くことを実感し、心の底から安堵した。』


(……まぁ、それは普通の親の感想だよな)


 珍しく真っ当なナレーションに、俺が少しほっとしたその瞬間――


『しかし、もし高校に通えなかったら、「家から追い出すか」と昨晩まで本気で考えていた』


(ファッ!?)


 俺は思わず父さんの顔を凝視する。


 彼は新聞をめくりながら、穏やかな表情でコーヒーを飲んでいた。


 ……が、その余裕ぶった態度の裏で、昨日までそんなこと考えてたのか!?


「父さん……俺、高校行かなかったら追い出す気だったの?」


「……ん?」


 父さんが新聞から顔を上げる。


「いやぁ、親としてはな? そりゃあ心配するわけだ」


「……心配の方向が極端すぎるだろ」


「でも無事に高校生になれたな。おめでとう、悠真」


「うん、ありがと。でも追い出す選択肢が普通にあったことは許さん」


『父は、「まだ続くかわからんし、卒業できなかったらどうするか……」と考えている』


(まだ続いてたァァァ!!!)


 俺はガックリと肩を落としながら、仕方なく朝食のパンに手を伸ばした。


 ……まぁ、昨日までのやつなら、まだ大丈夫だろ。


 そう思いながら、一口かじる。


 ――固ぇ!!


 なんか異様にパサついてるし、口の中の水分が一瞬で消えたぞ!?


『悠真は、母の用意したパンを食べることで、入学初日から胃腸を鍛えることとなる』


(……俺の高校生活、前途多難すぎるだろ……)





「じゃ、行ってくる……」


『悠真の母は、「これで少しは家が静かになるわ」と思いながら、笑顔で手を振った』


(ナレーションがなかったら、いいシーンだったのに……!!!)


 俺はガックリと肩を落としながら、家を出た。


 入学式のために着た新品の制服は、俺のダルさを完全に無視してピシッとしている。


 新しい高校――私立青桜(せいおう)学園へ向かうため、俺は歩き出した。


 そして、数分後。


『悠真は、登校中に幼馴染と遭遇し、思わぬハプニングに巻き込まれる』


(……は?)


 急に聞こえたナレーションに、俺の足が止まる。


 ハプニングに巻き込まれるって何!?


 俺は思わず辺りを見回した。


「おはよ、悠真!」


 声が聞こえた瞬間、俺はビクリと肩を跳ねさせる。


 振り向くと、幼馴染の藤咲朱音(ふじさき あかね)が、軽快な足取りで駆け寄ってきた。


「久しぶり」


「え? 三日前にも会ったけど?」


「いや、俺の中ではすごい久しぶりな気がする」


『悠真は、幼馴染との再会に少し安心する』


(おいおい、ハプニングとか言ってたのに、今のところ普通じゃねぇか……)


 警戒しながらも、いつものように会話を続ける。


「そういえばさ、悠真」


「ん?」


「昔はもう少しまじめだったのにねぇ……」


『朱音は、悠真が昔よりもダメになっていることを実感している』


(ツッコミたくなるナレーションやめろ!!)


「いやいや、俺は今も昔も変わってねぇよ」


「えー? 昔はさ、もうちょっと早起きしてた気がするけど?」


「気のせいだろ」


「そうかなぁ?」


 そんな感じで、幼馴染らしい軽口を叩き合いながら歩いていると――


「――あっ」


 急に朱音が足を止めた。


「ん? どうした?」


「あれ……」


 彼女は路上に落ちていた小さなクマのキーホルダーを見つけたらしい。

 誰かの落とし物かもしれない。


「ちょっと拾うね」


 そう言って、朱音はその場で屈んだ。


 ふわりとスカートの裾が動く。


 その瞬間――


『悠真は、朱音のスカートの中をみ――』


(あっぶねぇぇぇぇぇ!!)


 ナレーションが全部言い終わる前に、俺は本能的に反応した。


 とっさに振り向いて、視線を逸らす――が、その瞬間、バランスを崩した。


「うおっ!?」


 足元がもつれる。

 そのまま重力に逆らえず――


ドサッ!!!


「えっ!? きゃっ!!?」


 次の瞬間、俺は朱音の背中に覆いかぶさる形でぶつかっていた。


 気がつけば、朱音は地面に倒れ込み、俺は彼女の上に乗る形に――。


 うわ、これ、めっちゃやばい状況じゃね!?!?


 そして、遅れてナレーションが響く。


『なかなか大胆じゃの』


(お前のせいだろォォォ!! ふざけんなァァァ!!)


「……えっと、悠真?」


 下から、朱音の困惑した顔が見上げてくる。


「ち、違うんだ!!」


「いや、何も言ってないんだけど?」


『悠真は、否定するほどに怪しくなるという心理を理解していない』


(あぁぁぁあ!! もうナレーションのせいで最悪だ!!)


 俺は慌てて朱音から飛び退いた。


「わ、悪い!! 足元が滑って!!」


「もう、びっくりしたよ……。いきなり何かと思った」


 朱音は制服についた埃を払いながら立ち上がる。


「……まあ、変なことしようとしたわけじゃないみたいだし、いいけどね」


「そりゃそうだろ!! 俺は何もしてない!!」


『悠真は、心の中で「スカートの中が見えなくてよかった」と安堵している』


(やめろ!! やめろォォォ!! )


 俺は朝から心身ともに疲労困憊になりながら、学校へと向かうのだった。


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神社で愚痴ってただけなのに、神様に気に入られて俺の高校生活にナレーションがついた件について くるとん @kuruton3600

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