第1章 計算された可愛さ④
1.2.3 自己紹介
部室の空気が重い。
正確には「重い」というより、静かすぎる。
今日から1年生の正式入部ってことで、部員全員が集まったんだけど、まるでお通夜みたい。
誰も無駄な会話をしないし、みんなカメラやパソコンをいじる手を止めたまま、こちらをじっと見ている。
(え、なんか怖いんだけど……)
部長らしき2年生の男子――
たぶん、眼鏡の地味な先輩が「じゃあ、まずは1年生から自己紹介を」と淡々と言った。
「じゃあ、私からいきますね!」
すかさず元気よく前に出る。
こういうときは、テンションを少し上げ気味にしたほうが、場が和むし、印象も良くなる。
「1年生の滝沢和奏です! 写真は初心者なんですけど、これからたくさん学んでいきたいと思います! よろしくお願いします!」
可愛さは「ちょうどいい」くらいを意識する。
あざとすぎず、でも好印象。
ナチュラルに親しみやすい感じ。
――のはずだったのに。
「……よろしく」
「うん、よろしくね」
反応が薄い。
ちらっと視線を向けてきたのは可愛い系の先輩と眼鏡の先輩だけ。
日高先輩なんて、私の方を一瞬見ただけで、すぐにパソコンの画面に視線を戻してしまった。
(え、ちょっと待って? 普通、もっと「よろしく!」とか「頑張ってね!」みたいなノリじゃないの?)
部活の雰囲気ってこんなにドライなもの?
それとも、やっぱり「カメラ女子」っぽくない私が浮いてる?
一瞬、内心で動揺するけど、表情には出さない。
慣れてる。
こういう場面では、すぐに切り替えるのが大事。
「次は君」
眼鏡の先輩がそう言うと、私の隣にいた同じ1年の男子――
森下真哉がびくっと肩を揺らした。
(あ、この子、めっちゃ緊張してる)
地味な見た目で、少し猫背気味。
同じクラスみたいだけど、話したことはなかったかも。
「……森下真哉、です。えっと、写真は……その、好きで……頑張ります。よろしくお願いします」
声が小さくて、途中でつっかえたりして、明らかに人前で話すのが苦手そう。
私みたいに「どう見られるか」を計算してない感じが逆に新鮮だった。
「お、写真好きなんだ?」
可愛い系の先輩――
確か、安達先輩が優しく笑うと、森下は「はい……」と小さく頷いた。
(あ、やっぱり。こういう素直なタイプは、ナチュラルに好かれるんだよね)
そして、次は先輩たちの自己紹介。
「白石心春です。写真はすごく好きで、中学生の頃からいろいろ撮ってます。でも、まだまだ学ぶことばかりです」
落ち着いた声で、柔らかい微笑みを浮かべる。
もう、この時点でオーラが違う。
黒髪の清楚系で、正統派の美人。
(これは……ガチの高嶺の花ってやつ)
写真に夢中で恋愛には興味がないって噂を聞いたことがあるけど、たしかにそんな雰囲気がある。
華やかだけど、どこか人と距離を置いてる感じ。
「安達紬です! 写真歴はまだ1年だけど、楽しくやってます! 1年生とも仲良くしたいなーって思ってるので、気軽に話しかけてね!」
(あ、やっぱりこの先輩、いい人だ)
小柄でふわふわした雰囲気。
女子力高めで、男子受けも良さそうなタイプ。
こういう先輩がいると、部活の空気が柔らかくなるんだよね。
「荒川将吾です。……まあ、写真に関しては、いろいろアドバイスすると思うけど、適当にやってくれれば」
適当にやってくれればって言うわりに、話し方はめちゃくちゃ真面目。
さっきから黙々とカメラをいじってて、あんまり人に興味なさそう。
(こういうタイプの先輩、仲良くなるの大変そう)
そして、最後に――日高先輩。
「日高匠です。……特に言うことはないけど、まあ、よろしく」
(……それだけ?)
一番そっけない。
さすがにもうちょっと何か言ってくれるかと思ったのに。
「日高先輩って、写真部に入ったきっかけとかあるんですか?」
思わず聞いてみると、日高先輩は少し間を置いて答えた。
「……好きだから」
(……それだけ?)
でも、その「好きだから」の一言に、なんか変な説得力があった。
それ以上、聞いてはいけないような気がして、私は黙るしかなかった。
――こうして、写真部の全員がそろった。
(さて、どうしよう?)
日高先輩に近づくためには、ただ「可愛い後輩」じゃダメそう。
白石先輩は、完全に別次元の存在。
安達先輩とは仲良くなれそうだけど、彼女に甘えてばかりじゃ進歩がない。
荒川先輩と話すには、写真の知識が必要かも。
森下は……うん、まあいいや。
(まずは、私がこの部活でどう立ち回るかを考えないと)
そう思いながら、私はそっと息を吐いた。
1.2.4 初めての挫折
写真部の活動が始まる。
放課後の部室は、カメラのシャッター音と、先輩たちが交わす専門用語で満たされていた。
私は、そんな空気に馴染めないまま、なんとなくカメラを構えている。
正直、写真やカメラには興味はない。
でも、やる気がないように見られるのは良くないから、適当にシャッターを切るフリくらいはする。
だって、私はここで日高先輩に近づくために来たのだから。
そんなことを考えながらカメラを弄っていると、不意に——
「なあ、滝沢……」
名前を呼ばれた。
声の主は、日高先輩だった。
一瞬で鼓動が跳ね上がる。
きた! チャンス!
私はとっさに、「ちょうどいい可愛さ」を意識する。
声のトーン、角度、目線、すべてを計算して、自然な振りを装いながら顔を上げる。
「はいっ?」
少し驚いたような、でも嬉しそうな表情を作る。
――――可愛い後輩感、完璧。
でも——
「初心者なら、もっと真面目にやれよ」
その一言が、予想外すぎて、頭の中で一瞬何かが固まった。
「えっ……?」
心の中で、呆然とする。
優しくしてくれると思っていた。
だって、私は後輩で、しかも初心者なのに。
なのに、先輩の目は冷静で、まるで私の態度を見透かすようだった。
(な、何なの? ちょっとくらい優しくしてくれてもいいじゃん……)
胸の奥で、不満がじわじわと広がる。
でも、それ以上に強かったのは——
焦りだった。
日高先輩が冷たい態度を取るのは、私に興味がないから?
それとも、本当に私のやる気が足りないから?
何か言い返そうとしたけれど、すぐ近くで違う話題が耳に入ってきた。
「森下、すごいな。初心者とは思えない写真撮るじゃん」
「光の使い方が上手いよね。構図のセンスもあるし」
先輩たちが、同期入部の森下真哉を褒めていた。
彼のカメラのモニターを覗くと、確かに、何となく撮った私の写真とは比べ物にならないほど雰囲気のある一枚が映っていた。
「……初心者なのに?」
悔しさが、じわりと滲む。
私は、何でもうまくできるタイプのはずだった。
運動も勉強もそこそこできるし、男子との距離感を掴むのだって得意。
なのに——
「私って、こんなにダメだったっけ?」
うまくいかない。
思い通りにならない。
恋愛も、写真も。
「そもそも私はカメラなんて興味ないし、日高先輩に近づきたいだけなのに……」
でも、それなのに——
「なんでこんなに悔しいの?」
そのまま時間だけが過ぎて、活動が終わるチャイムが鳴った。
私は誰とも目を合わせず、一人で帰ることにした。
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