第七章 揺れる和音

第七章 第一話

 コンサートまで、残り一週間となった。


 クラシックとジャズを融合した特別ステージの本番が目前に迫り、青葉音楽大学は独特の熱気と緊張感に包まれていた。学内のポスターやSNSでも盛んに宣伝が行われ、学生たちはリハーサルに追われている。



 奏太と水上は大学の練習室でコンサートの準備に追われていた。ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」、フォーレの「シシリエンヌ」、そしてジャズのスタンダードナンバーなど、二人が計画している曲目はすでに形になりつつある。しかし、細かいアレンジや表現のすり合わせにはまだ課題が残っていた。


「でも、先輩……もう少しだけ自由に弾いてもいいと思うんです。ジャズ的なリズムをピアノに反映させる部分とか、前よりずっと柔らかくなってますし」


 サックスを抱えた奏太が言うと、ピアノ椅子に座る水上は一瞬考え込み、短く頷く。


「……そうだな。ここまでは“譜面通り”に固めてきたけど、最近は即興的な要素を楽しめるようになってきた」


 そう言いつつも、やや疲れた様子が伺える。腱鞘炎の痛みは精神状態によって増減し、コンクール辞退のトラウマが水上を縛っている。そんな不安を拭うように、奏太は明るい声を出した。


「そうだ、今度の土曜日、先輩、お暇ですか? もしよければ俺の実家に行きましょうよ。前に『漁師町を見たい』って言われてましたよね?」


 水上は瞬きして「そういえば……」と口ごもる。ここ最近はコンサートの準備で忙しく、その話をすっかり失念しかけていたのだろう。だが、奏太の提案を思い出すと、その瞳に微かな輝きがよみがえる。


「うん……せっかくだし、行ってみたい。君の家族にも会いたいし、君の育った場所を見れば、君の音楽がどう形作られたのか、少し分かるかもしれない」


 奏太は嬉しそうに「じゃあ決まりですね!」と声を上げる。二人で予定を調整し、土曜の朝から一泊二日で奏太の実家のある町に向かうことにした。

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