13 鍵は?

 妖精さんなので中性的な体をしているのかと思いきや、出る所はしっかり出ている。奇跡のようにくびれてもいる。そして、女のかげりには十分な存在感があって――

 ゆっくり鑑賞している暇はない。部長は頭から湯気を立ち上らせながら、猛然と流光に襲いかかった。聡は手近にあった鉢植えを窓に投げつけた。窓は割れたけれども、十分な隙間ではない。助走をつけて肩で窓ガラスをぶち破った。部屋に転がりこむ。

「なんだ?」

 部長の動きが止まった。振り向こうとする。流光の手の中に星の輝くスティックが出現した。光の粉が舞う。部長は突然硬直してその場に仰向けに倒れた。

 聡は割れたガラスで体中を切ってしまった。かなりの出血をしている。ぐらぐらと揺れていた。

「流光……」

 流光も普通の状態ではなかった。肩で息をしている。

「あなたがやったとは知られずに済んだと思います」

 聡には、流光が少しだけ透き通って見えた。

「どうした、かなり妖精力が落ちてるんじゃないか」

「その通りです。あと少しで私は――そんなことより」意識があるのが不思議なほどに、聡は傷ついていた。「無茶しますね」

「どうしても他人には渡せない女がいるものでね」

「奥さんに言いますよ」

 片膝をついて苦しい呼吸を繰り返す聡のもとに流光が歩み寄った。

「今の私には、あなたの命を救えるだけの力が残っていません。でも、助ける方法はあります」

 流光は窓を開いた。

「あれ? 鍵は掛かってなかったのか」

 聡は流光に肩を貸りてバルコニーに出た。激しい雨が降っている。血がコンクリートの上を赤く染めて流れていく。命が残り少ないことは明らかだ。

「もう少しだけ頑張って下さい」

「なんでわざわざ雨の中に出るんだ」

「雨の中では妖精力が上がるんです」

「でも、残り少ないんだろ」

「その通りです。威力と引き換えに、消耗は激しいものになります」

「よせ、そんなことをしたら」

 地面に横たえられている聡の目の前で、流光の足が音もなく地を離れた。三メートルぐらい浮いている。振りかざしたスティックの先端に、猛烈に雨が吸い込まれていく。星の光が、脈打ちながら一気に増幅されていった。

「やめろ、君が、死んでしまう」

 口元に穏やかな笑みを浮かべて、流光はスティックを振り降ろした。極大の光が一気に放出されて聡を包み込んだ。体が宙に浮いた。光が消えると、聡は自分の両足でしっかりと立っていた。

「聡さん……」

 流光の羽がポロリと取れて落下した。ガラスのような音と共にコンクリートの上で砕け散った。

 続いて流光自身が落ちてきた。聡は両手を広げて受け止めた。

「立てるか」

「ええ、なんとか」

 流光は地に足を着けた。

「どうした妖精さん。ずいぶん疲れているね」

 聡は優しく流光を見つめた。

「世話の焼ける人がいますから」

「すまない」

「すまないと思うなら、抱き締めて下さい。少しだけ回復します」

 腕の中にある流光の体は、見た目以上に華奢に感じられた。

「ありがとうございます。でも、嘘です」

 妖精さんが嘘をついちゃだめだろ。そう呟きながらも、聡は抱き締める腕の力を緩めなかった。

「温かい。聡さんは、温かいです」

 聡の腕の中で、流光の体は透き通っていく。

 ――ありがとう、聡さん。楽しかった

 流光はきらきらとした音と共に七色の光の粉となって飛び散った。そして、名残を惜しむかのように煌めきながら空に溶けていった。

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