殴り合わないバトル
佐海美佳
殴り合わないバトル
「ダンスバトルに参加してみないか?」
男子体操部の顧問にそう言われた時、俺は間違いなく変な顔をしていたと思う。
「ダンスバトルって、この前のオリンピックで新種目として採用されたブレイキンのことっすか?」
「お、話が早い」
うちの部活の顧問は、へらりと笑った。
「でも、ダンスバトルと器械体操って全然ちがくないっすか?」
「そうだね、違うねぇ」
器械体操は、器具を使って行う体操競技のことだ。
鉄棒、飛び箱、平均台、つり輪、トランポリンなどの器具を使って行なう体操のことで、俺はその中でもトランポリンの競技を得意としている。
いや、得意としてはいるけれど、最近成績が伸び悩んでいる。
だから顧問が変なことを言い出したのかと訝しみながら、話の続きを聞いた。
「君が大会で成績を残せないのは、表現力不足だと思うんだよ」
うっ、と息を詰める。
俺は、言われた通り体を動かすことを真似るのは得意だ。
けれど、表現力と言われると、途端に何をどう動かせばいいのか分からなくなる。
そもそも、器械体操に表現力が必要なのかどうかも疑っている。
「あ、自覚はあるんだ」
「……はい」
「うん、自分の欠点を知っているのは、とてもいいことだ」
「そうなんですかねぇ」
実感があまりない。
「自分の欠点が分かっているのなら、それを克服すれば確実に得点力があがるだろう?」
言っていることはわかる。
「で、なんでダンスバトルなんすか」
「ダンスバトルは表現力の塊だからだよ」
ちょっと見てて、と前置きして、顧問が一歩下がった。
器械体操の国体選手だったという過去を持つ、顧問が踊り始めた。
体育館の床に手をつき足を動かしたと思ったら、低い体勢のまま背中を床につけてくるくる回り始めた。
勢いのまま片手で逆立ちして、足を前後に曲げてポーズ。
「……どう?」
「ちょっと格好いいっすね」
「オリンピック競技としてテレビ中継されてるのを見て、ちょっとハマっちゃったんだよね」
顧問は照れくさそうに頭を掻いた。
「今度、ダンスバトル大会『天下無双』っていうのがあって、僕も参加するんだけど、一緒にどう?」
「なんだ、そういうことか」
「……バレたか」
「いいっすよ。一緒に出る人が居なくて寂しかったんですね?」
「ほんと、お前は話が早くて助かるよ」
部活の後片付けが終わって、顧問に挨拶をして去って行く部員の背中を見送る。
「じゃあ、エントリーシートお前の分も出しとくから」
「はいはい」
その日の部活を終えて家に帰り、スマホでブレイキンの動画をチェックする。
選手ごとに同じ技でもポーズが若干違っていたり、アレンジの仕方に個性が出ていたりと、確かに表現力という意味では参考になりそうに思えた。
布団の上で、動画の中の選手と同じポーズを真似てみた。
やっぱり違った。
殴り合わないバトルと呼ばれることが多いけれど、個性と個性がぶつかり合う戦いだ。
「このまま俺が器械体操辞めちゃって、ブレイキンに鞍替えしたらどうすんだよ、顧問」
その時は、一緒に色んな大会へ出る仲間にしてやらんでもない。
というか、あの顧問。1人で出るのが寂しかったなんて、ちょっと可愛いところがある。
なんて、思いながら夢の中でめちゃくちゃ踊った。
殴り合わないバトル 佐海美佳 @mikasa_sea
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