神竜の寝床

「人間の都がどうなろうが」

【神竜の寝床】と呼ばれる洞窟の前。

 ドロップ魔法学園の教師と生徒達が、課外授業のために集まっていた。

 既に、高等部の者達が洞窟の内部へと入り、課外授業の結界を張りに行っている。

 そんな中、未だ姿すら見せない者がいた。


「シャルル先生達、来ねえですね……」


 レイはそわそわしながら、麓へと続く山道をちらちらと見ていた。

 陸路で来るはずのシャルルルカ、エイダン、ブリリアント、ジュードの四名が未だ到着していない。


「やはり、飛んで行く場所に陸路で辿り着くのは、無理があったのかもしれませんわねぇ」


 マジョアンヌが頰に片手を添えて、困ったように言った。


「先生が魔物にやられる訳がねえだろうし……。まさか、エイダンくん達と喧嘩してたり!? 道ですれ違った人とトラブルとか!? あんまり怪我とかしてねえと良いんですけど……」


 マジョアンヌは心配するレイを見て、「ふふ」と笑った。


「レイちゃん、シャルル先生のこと、本当に好きなんですわねぇ」

「そりゃあ、好きじゃなきゃ一緒にいねえですよ」


 レイはそう即答した。

 マジョアンヌは「あらまあ」と微笑む。

 レイを少しからかうつもりだったのだが、こうも堂々と「好き」と言われると、マジョアンヌの方が照れ臭くなってしまった。


「……ん? マジョ子ちゃん、何か聞こえません?」

「え?」


 そう言われて、マジョアンヌは耳を澄ませる。

 しかし、何も変な音は聞こえなかった。


「……いえ、マジョ子には何も。どんな音ですのぉ?」

「なんか、馬が走ってるような──あっ! あれ!」


 レイは山道の方を指差した。

 複数の人間が山道を駆け上がってくるのが見えた。

 彼らはレイの目の前で立ち止まった。

 ビュウと風が巻き起こり、レイ達は咄嗟に目を瞑ってしまう。


「──ふう。何とか間に合ったな」


 レイ達が目を開けると、そこにはシャルルルカがいた。


「休憩を挟んだせいで、想定以上に時間がかかった」

「ぜー……ぜー……。……着いたん?」


 そして、エイダン、ブリリアント、ジュードも──陸路組の全員がいる。

 エイダン達三人はレイ達がいることを確認すると、安心したようにその場に倒れ込んだ。


「みんな!」


 レイがシャルルルカ達に駆け寄る。


「良かった。無事みたいですね!」

「当たり前だろ。私だぞ」

「いや、先生じゃなくて、エイダンくん達が」


 シャルルルカは不服そうに口を真一文字にした。

 レイはシャルルルカを無視して、エイダン達を介抱する。


「素直じゃありませんのねぇ」


 マジョアンヌはレイを見てくすくすと笑った。

 シャルルルカの元に、ピエーロが歩み寄る。


「……ご覧の通り、D組の生徒達は無事に送り届けましたぞ」

「ああ。ピエーロ先生、どうも」


 何ともなく言うシャルルルカに、ピエーロは眉を顰めて不快感を示す。

 当のシャルルルカは背を向けて、それに気づかなかった。


「えー、諸君。これから、上の学年から順に洞窟へと入り、結界を張っていく。今のうちに、結界魔法の呪文と魔道具の確認をするように」

「『これから』って……もう始まってるんじゃ?」

「何? 私達が来てないのに始めてるのか。せっかちだな」

「先生がマイペース過ぎるんです」


 レイは呆れてため息をついた。


「で、ウチの学年は何番目に入るんですか?」

「一番最後だ」

「ああ、良かった。もう終わってるとかじゃなくて」


 レイは洞窟の方に目をやる。

 巨大な体躯の竜が余裕で出入り出来るほど、入り口が大きい。

 その中は先の見えない暗闇だ。

 上の学年の生徒達が次々とその洞窟の内部へと入っていく様子が、大口を開けた魔物に飲み込まれているように見えた。


「あの洞窟の中が【神竜の寝床】なんですね。神竜様が眠ってるところ、見られたりするんでしょうか。ちょっと楽しみかも」

「人間の目につく場所で神竜が眠る訳がないだろ。神竜は結界の奥の奥で眠っている」

「奥の奥? 神竜様の手前に結界を張ったら、神竜様が出られなくなっちゃいますよ?」

「それが神竜の望みだ。誰にも邪魔されず、引きこもることが」


 神竜ガルディアンは眠りを妨げられることを何よりも嫌う。

 人魔戦争の最中は人や魔物、更には精霊も騒がしくしていて、安眠を得られないでいた。

 そんな生活に嫌気がさしていた神竜ガルディアンの元に、当時のゼリービーンズ国王がある提案をした。


『我々が貴方の寝床に誰も侵入させないようにする。結界を張り、警備をしよう。その代わりに、都を守護して欲しい』


 神竜ガルディアンは半信半疑だったが、悪い申し出ではなかったため、その提案を飲んだ。

 そして、人魔戦争が終結してからも、その契約は続いている。


「凄いですね。約束をずっと守り続けるなんて」

「人間にしてはよく破らなかったよな」

「何処から目線なんですか」

「まあ実際、【魔法契約書】があったから、守るしかなかった訳だが」

「魔法契約書……」


 レイはそれに聞き覚えがあった。

 魔法契約書は、魔法がかけられた紙の契約書のことだ。

 魔法契約書で交わされた契約は、魔法によって従わざるを得なくなる。

 それがどんなに不平等な内容であっても、契約書が破かれるまで続く……。


「神竜様はいつでも、人間との契約を破れるってことですか」

「そんな奴隷契約じゃあない」


 シャルルルカは頭を振った。


「神竜の持つ魔法契約書は、人間が契約を違えたときに限り、破棄が可能だ。人間側も同じ権利を持っている」

「え。それじゃ、魔法契約書で交わした意味がほぼほぼないじゃないですか」

「神竜にとって、人間の都がどうなろうが知ったこっちゃないんだろう。人間側が守ってるからこっちも守るか、ぐらいの気持ちなんじゃないか?」

「まあ、契約破棄されて困るのは、明らかに人間の方ですからね……」


 魔物の襲撃から王都を守るのと、安眠出来る寝床の確保とでは、雲泥の差がある。


「だから、人間達は必死なんだろう」


 シャルルルカは洞窟の入り口に立つ警備兵を指差した。


「洞窟の入り口には警備兵が常に目を光らせている。あれはかなりの手練だな」


【神竜の寝床】を守るということは、王都を守ることに直結する。

 警備兵は緊張した面持ちで、そこに立っていた。


「ねえねえ、シャルル先生! 先生が神竜様を倒したって噂、本当なのー?」


 キャスケットを被った好奇心旺盛の女子生徒・ジャーナが質問した。


「誰がそんなデマを……」


 シャルルルカは呆れたように言った。


「そんなことしたら竜族を敵に回すことになるだろう。そうしたら、人竜戦争の開幕だ」

「でも、竜を倒したことはあるんですよね?」

「魔王に手を貸した邪竜ならぶっ殺したが」

「きゃー! 凄いじゃーん!」


 ジャーナは目を輝かせた。

 対して、レイはため息をついた。


「またそんな嘘ついて。竜を倒したら竜族を敵に回すって、さっき言ってたじゃないですか」

「竜族も好き勝手する魔王にムカついてたからな。利害が一致してたんだ。本当だぞ?」

「どうかなあ……」


 レイは訝しげにシャルルルカを見た。

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