「お遊びではない理由があった」

 アーヒナヒナの勝敗を告げる声が、校庭中に響き渡った。


「やったあ! マジョ子さん!」

「ようやったなあ! マジョ子はん!」


 レイとエイダンが歓声を上げながらマジョアンヌに飛びついた。

 マジョアンヌは目をぱちくりさせた。


「マジョ子、勝ったんですのぉ?」

「勿論!」


 レイとエイダンは力強く頷いた。


 □


「本当に勝っちゃった……」


 喜び合うマジョアンヌ達を、ブリリアントは呆然と眺めていた。


「ね。びっくり」


 彼女の隣で、ジュードは微笑んだ。

 ほんの一週間前まで、マジョアンヌは魔法が使えなかった。

 D組の落ちこぼれの筆頭として、名前を挙げられることが多かった。

 これからもずっと、そうなんだろうとブリリアント思っていた。

──まさか、あの先生の授業を受けて、C組の生徒を倒せるようにまでなるなんて……。


「僕、次の授業、出てみようかな」


 ジュードがぽつりと呟く。

 ブリリアントはムッとする。


「ジュードくんが出るなら、リリも出る」


 ブリリアントはジュードの腕に絡みついた。

──あの教師は何かを変えてくれるかも……。

 二人は、ニヤニヤと不気味に笑っている担任教師を見て、そう思った。


 □


「この勝負は無効だ!」


 祝杯ムードをぶち破るように、ピエーロが叫んだ。


「C組がD組に勝てる訳がない……。貴様が! 不正をしたに違いない!」


 そう言って、シャルルルカを指差した。

 シャルルルカは「何を馬鹿なことを」と鼻で笑った。


「皆、目を光らせていたでしょう。どうです? アーヒナヒナ先生、私は不正をしていましたか?」


 アーヒナヒナは首を横に振った。


「……そのような素振りはなかった」

「ほらね」


 シャルルルカはへらへらと笑った。

 ピエーロは顔を真っ赤にして続けた。


「貴様の幻影魔法は全校生徒を騙せる。それは、始業式で証明されているではないか!」

「心外ですね。私が子供のお遊びに手を出すモンスターペアレントだと?」

「お遊びだと!?」

「お遊びでしょう。それとも何です? お遊びではない理由があった? まさか、体育の授業の校庭使用権を賭けていたとか?」

「そ、それはっ……!」


 ピエーロは狼狽した。

 周囲の生徒がこそこそと噂を始める。


「体育の授業で校庭を使えなくするってこと?」

「この勝負でそれを賭けてたの?」

「体育のときに校庭を使えないのは嫌だなあ」


 シャルルルカとピエーロに、生徒達の非難の目を向けられた。

 ピエーロはばつが悪そうに下を向いた。


「ピエーロ先生、それは事実なのか?」


 アーヒナヒナがピエーロに尋ねる。


「事実ならば、このことをアレクシス学園長に報告しなければならない。生徒の成長の機会を奪うことだ。学園長はお怒りになるだろう」

「うう……」


 ピエーロは言葉に窮してしまう。

「賭けていない」と一言を言えば良いのだ。

 誰も、シャルルルカの言うことを信じないだろう。

 それほど、ピエーロとシャルルルカの信用の差は歴然だ。

 だが、「賭けていない」と言えば、シャルルルカが不正を行う理由はなくなり、ピエーロがそれを言及する理由もなくなる。

 つまり、自分のクラスの生徒、キョーマが負けたことを認めることになる。

「賭けていない」と言わなければ、学園長から叱責されるだろう。

 彼が言い淀む様を見て、シャルルルカはニヤニヤと笑っていた。


「いいえ、事実無根です。これはただのお遊び……担任教師がしゃしゃり出てくることではない。ね、そうでしょう? ピエーロ先生」


 シャルルルカはピエーロにそう囁いた。

 潔く負けを認めろ、と言うように。


「ぐうう……!」


 ピエーロは苦しそうに唸る。


「どうなんだ。ピエーロ先生」


 アーヒナヒナが更に詰め寄る。

 ピエーロは絞り出すように言った。


「……ええ。そんな事実はない……」


 ピエーロの体から力が抜け、腕がだらりと体の横で揺れる。

 シャルルルカはフッと笑い、ピエーロにの耳に口を近づけた。


「嘘つきですね」


 ピエーロは顔を真っ赤にさせ、唇を噛みながら小刻みに震える。

 シャルルルカはぽんぽんとピエーロの肩を叩くと、彼のそばを離れた。


「全く、折角の勝利に水を差された気分だ」


 シャルルルカは皆に聞こえるような声で言う。


「なあ、マジョアンヌ?」

「え? ええと……」


 急に話を振られて、マジョアンヌは戸惑う。


「シャルル先生、マジョ子さんに他に言うことあるんじゃねえですか?」


 レイがじっとシャルルルカを見る。


「はて、何だったか」


 シャルルルカは首を傾げた。


「先生が勝手に取り決めた勝負で、先生が選出したマジョ子さんが勝ったんですよ」

「……ああ、そうだったな」


 シャルルルカはここまで言われて、ようやくレイの言葉の意図を察したようだった。

 マジョアンヌに目を向けて言った。


「よくやった、マジョアンヌ」

「言い方……」


 レイが咎めたが、当のマジョアンヌは照れたように笑っていた。


 □


──偽物め、偽物めぇ……! 何処までも我が輩のことをコケにすれば気が済むのだ!

 ピエーロは奥歯を噛み締める。

──必ず、貴様の化けの皮を剥がしてやる……!

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