「貴族のガキはものの頼み方を」

 人だかりの中心で、マジョアンヌとキョーマは向かい合って立っていた。

 二人はマジッキング用の魔法アーマーを身に纏っている。

 キョーマは腕を組みながらマジョアンヌをじっと睨みつけて、試合が始まるのを待っている。

 一方のマジョアンヌは、キョーマと周りの視線を浴びて、縮こまってしまっていた。

──うう。緊張しますわぁ……。

 マジョアンヌは不安だった。

 気を紛らわそうと、祖母から貰った懐中時計を取り出す。

 カチカチと時を正確に刻む音が心地良くて、マジョアンヌは大好きだった。

 しかし、いくら耳を澄まそうと、周りの話し声にかき消され、音が聞こえない。

 緊張は増していくばかりだった。


「なんだ、マジョアンヌ。怖気付いてるのか?」


 彼女の横にシャルルルカが立った。


「シャルル先生ぇ……」


 マジョアンヌは涙目になりながら、シャルルルカを見た。


「怖いですわよぉ。マジョ子、魔法を使えるようになってまだ一週間ですのよぉ? それなのに、クラス代表なんて。荷が重いですわぁ」

「ターゲットくんマークIIは怖い?」


 シャルルルカは唐突にそう聞いた。


「え? ……いえ、タゲツくんは怖くありませんけどぉ」

「じゃあ、こうしようか。《幻影アリュシナシオン》」


 シャルルルカが呪文を唱えると、キョーマの顔が中央に赤い丸のある、円形の板に変化した。


「うわっ!? キョーマ様、それなんですか!?」


 それに気づいたフードを被った生徒が叫ぶ。


「は? 何?」

「鏡を見てみて下さい!」


 キョーマは差し出された手鏡で自分の顔を見た。


「あっ!? 何だこれ!?」


 キョーマは目を疑い、自分の顔に手をぺたぺたと当てた。

 鏡の中で、キョーマの手が的に当たっている。


「まるで魔法演習のときの的みたいですね」


 フードの生徒はふふっと笑った。


「どうなってんだ!? おい、見るんじゃねえ!」


 キョーマはターゲットくんになってしまった頭を、どうにか隠そうと腕を振り回している。


「……うふふっ」


 マジョアンヌはそれがおかしくて、つい笑ってしまった。


「いけそう?」


 シャルルルカは尋ねた。


「はい。シャルル先生、ありがとうございますわぁ」


 いつの間にか、時計の音がマジョアンヌの耳に届くようになっていた。

──シャルル先生って、もしかして、そんなに嫌な人じゃないのかしらぁ?

 マジョアンヌはシャルルルカの顔を見る。


「何、ターゲットくんマークIIと戯れるようにやれば良いのさ」


 シャルルルカはニヤニヤと笑った。


「おい!」


 キョーマは大股を開いて、シャルルルカに歩み寄る。

 キョーマの表情はターゲットくんの的に隠れて見えないが、かなり怒っているのが、声色でわかる。


「お前がやったんだろ。これ! 今すぐ元に戻せ!」

「さあ。知らないね」


 シャルルルカは肩をすくめる。


「嘘つけ! お前が幻影使いなの知ってんだよ!」

「おいおい。貴族のガキはものの頼み方を知らないのか? 解いて欲しいならそれ相応の態度を見せないとなあ?」


 シャルルルカはへらりと笑う。

 マジョアンヌはシャルルルカの腕を掴んだ。


「シャルル先生、解いてあげて下さいましぃ。マジョ子はもう大丈夫ですからぁ」

「良い例だ、マジョアンヌ。坊や、わかったかい? ものを頼むときはこのように丁寧に──」

「こうなったのはお前のせいだろうが!」


 キョーマは怒り狂う。

 やれやれ、とシャルルルカは首を横に振った。

 シャルルルカがパチンと指を鳴らす。

 キョーマは手鏡で顔が元に戻ったのを確認すると、「最初からそうしろ!」と吐き捨てた。


「お前、いつまで俺を待たせる気だ!? さっさと試合を始めろ!」

「試合開始時間の決定権はこちらにある。この試合を受ける際に決めただろう。私としては、この勝負を無かったことにしても構わないのだが」

「……ちっ!」


 キョーマは大きな舌打ちをして、先程立っていた場所に戻っていった。

 シャルルルカは周囲を見渡した。


「……まあ、そろそろ良いか」


 シャルルルカはマジョアンヌのそばを離れ、アーヒナヒナの元に歩み寄った。


「さて。アーヒナちゃん、審判は頼むよ」

「その呼び方は止めろ」


 アーヒナヒナはシャルルルカをキッと睨みつける。

 何度言っても『アーヒナちゃん』という呼び方を止めない彼に、アーヒナヒナは呆れたようにため息をついた。


「生徒同士の交流試合の審判ならいくらでも引き受ける。……が、これは本当にただの交流試合なのか?」

「勿論」


 シャルルルカは自信を持って頷いた。


「貴様のクラスのマジョアンヌ・マドレーヌは魔法が使えないと聞いたが」

「疑ってる?」

「疑ってないとでも? 貴様が随分喧伝していたし、何か思惑があるとしか思えない」

「思惑があるとするならピエーロ先生の方だよ。ねえ、ピエーロ先生?」


 シャルルルカはアーヒナヒナを挟んで立っていたピエーロに問いかける。


「誤解ですな。我が輩はミスター・キャラメリゼの意思を尊重しただけに過ぎません」


 ピエーロは澄ました顔でそう言った。


「アーヒナヒナ先生、審判をよろしく頼みますよ。特に、シャルルルカ先生が不正を行わないか、しっかりと見張っているのです」

「失礼な。私は不正などしませんよ」

「どうだか!」

「アーヒナちゃん、私からもお願いだ。C組の連中が、マジョアンヌの晴れ舞台に水を差すような真似をしないか、見張っておいてくれ」

「貴様、我が輩を疑っているのか!」

「疑い出したのは貴方の方ですよ。私は疑ってすらいなかった。貴方が不正をするという考えがあるらしいから、心配になったんです」


 ピエーロはシャルルルカを睨みつけた。

 しかし、シャルルルカはへらへらと笑っていて、ピエーロを馬鹿にしているようにしか見えなかった。

 アーヒナヒナはため息をつく。


「言われなくとも、しっかりと見ておく」


 そう言って、一歩、前に出た。


「これより、マジッキングの交流試合を始める。両名、準備は良いか」


 首を左右に振って、マジョアンヌとキョーマにそう聞く。


「はい」


 キョーマは食い気味に頷いた。


「は、はぁい」


 マジョアンヌは慌てて返事をした。

 アーヒナヒナは二人の返答を聞き、頷く。


「良いようだな。では……」


 観客の声が一瞬で消える。

 アーヒナヒナは手を前に出す。


「──はじめ!」

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