体育の時間を守り抜け!

「聞き分けがないね」

 一週間後、四年C組の教室にて。

 ブリリアントは鼻歌を交えつつ、自身の爪に水色のマニキュアを塗っていた。

 ジュードはフラスコに薬草を入れながら、横目でちらりとブリリアントを見た。


「リリちゃん、臭いよ」

「リリは臭くないわよ! 毎日お風呂入ってるもん!」


 ブリリアントは顔を真っ赤にして怒る。


「そ、そうじゃなくて、マニキュアが臭いんだよ……」

「ジュードくんの持ってる薬草よりはマシだと思うけど」

「え、そうかな……?」


 ジュードは躊躇いなく薬草に鼻を近づけた。

 ブリリアントはそれを見て「よく直接嗅げるわね」と呆れた顔をした。


「……窓を開けましょ。教室が臭いままだと嫌だもん」


 ブリリアントは立ち上がり、マニキュアを塗っていない方の手で教室の窓を開けた。


「……んん?」


 人が騒めく声が聞こえて、窓の下を見る。

 そこには人だかりが出来ていた。


「何あれ? どうしてあんなに人が集まってるの?」

「あー、なんかね。マジッキングの交流試合をやるらしいよ」


 ジュードがフラスコを見つめながら答える。


「ただの交流試合に、あんなにたくさん人が集まる訳ないじゃない。誰が試合するの?」

「えーと。確か、C組の子とマジョ子ちゃんが試合をするんだったかな」

「はあ!? マジョ子ちゃんは魔法が使えないじゃない! 誰がオーケーしたのよ!」


 ブリリアントはジュードを詰め寄る。


「ぼ、僕に言われても知らないよ……!」

「こんなの晒し者じゃない! 文句言いに行くわよ! ジュードくん!」

「ぼ、僕を巻き込まないでよ……!」

「何?! リリに巻き込まれたくないの!?」

「うん」


 ジュードは即答した。


「うるさーい!」

「ああ、もう……」


 ジュードはブリリアントの我儘に頭を抱えた。


「僕は大丈夫だと思うけどなあ……」

「どうして!? 魔法が使えないマジョ子ちゃんがやるのよ!?」

「忘れたの? リリちゃん。僕達のクラスの担任は──」


 □


 同日同時刻、校庭。

 人だかりの中にエイダンとレイはいた。

 エイダンは周囲をぐるりと見渡して、眉根を寄せる。


「大分、ギャラリーが集まっとるな……」

「シャルル先生が勝負の日時を叫びながら、校内を歩き回ってましたからね。止めるの大変でした」


 レイはそのときのことを思い出して、大きくため息をつく。

 広い校内を練り歩くシャルルルカを探すのも大変だったし、彼の足を止めるにも苦労した。

 最終的に、レイが蹴り倒して彼の暴走は止まったが……。


「これで負けたら、マジョ子はんはへこむやろな……」

「勝ちますよ、きっと! ターゲットくんマークII──タゲツくんとの修行、頑張ったんですから!」

「……そう、やんな」


 そう言いつつ、エイダンの不安は拭えなかった。

 たった一週間の修行で、C組の生徒に勝てるのだったら、今まで苦労してないのだ。


「ところで、マジッキングのルールをもう一度教えてくれませんか? あたし、まだよくわかってなくて」

「ああ、ええで」


 エイダンは頷いた。


「マジッキングは、勝負の場リングに入って三分間、魔法でお互いの魔法アーマーを削り合う魔法スポーツや」

「バトルの前に同じ耐久の魔法アーマーを装備するんでしたっけ。その魔法アーマーの耐久をゼロにしたら勝ち……なんですよね」

「せや」


 エイダンは頷いた。


「んで、勝利条件はもう一つある。三分経ったとき、アーマーの耐久値が相手より減ってなかったら勝ちや」

「……とりあえず、魔法を当てれば勝ちなんですよね!」

「そうなんやけど、そんなに単純なスポーツやないで。高威力の魔法が当たれば、一発で勝敗が決してまうことがある」

「あっ。キョーマくんは上級魔法の使い手……」

「対して、マジョ子はんは初級魔法しか使えへん。避けつつ、魔法を何回も当てる必要がある」


 エイダンはマジョアンヌに視線を向けた。

 彼女は不安そうに手を握り締めている。


「タゲツくんとの修行で、どれだけ戦えるか……」

「──ちょっとちょっとー!」


 校庭に甲高い声が響き渡った。

 ブリリアントがジュードの手を引きながら現れた。


「この試合は中止! 中止よー!」

「えっと、あなたは同じくクラスの……」

「ブリリアント・ブリオッシュよ!」


 レイの言葉を遮って、ブリリアントは名乗った。


「こっちはジュードくん!」

「ど、どうも……」


 ジュードがぺこりと頭を下げる。


「マジョ子ちゃんは魔法が使えないの! だから、こんな試合中止なのー!」


 ブリリアントは両足でぴょんぴょんと飛び跳ねて抗議をした。


「ブリリアントさんは授業を受けてないから知らないんですね。マジョ子さんは魔法が使えるようになったんですよ」

「そんな訳ないじゃない! 今まで頑張っても出来なかったのよ!」

「本当の話で……」

「リリちゃん」


 ジュードがブリリアントの手をちょいちょいと叩く。


「何!? リリの邪魔しないで!」

「その子が言ってるのが本当か嘘か、僕は見てみたい」

「な、何言ってるの、ジュードくん!」

「もし本当だったら、シャルルルカ先生は僕達を落ちこぼれじゃなくしてくれるかもしれない」

「それは……そう、だけど。駄目だったら、マジョ子ちゃんが嫌な思いしちゃうのよ! リリ、そんなの嫌……!」


 ブリリアントは泣きそうな顔で訴える。


「ブリリアントさん……」


 レイは言葉に詰まってしまった。

 ブリリアントは頭ごなしに抗議しているのではない。

 マジョアンヌのためを思っているのだ。

 そんな彼女の思いを否定するのはどうなのだろう、とレイは考えてしまう。


「大丈夫や!」


 エイダンが叫ぶ。


「リリはんは見てこーへんかったから知らんのや。マジョ子はんがこの試合のために一生懸命頑張っとったこと!」


 エイダンはバン、と胸を叩く。


「わしはマジョ子はんを信じとる! 黙って見とくんや!」

「エイダンくん……」


 ブリリアントは「でも」「だって」を繰り返す。

 ジュードは呆れてため息をついた。


「聞き分けがないね、リリちゃん。ここまで言われてもまだやめないの?」


 ブリリアントは悔しそうに唇を噛んで、上着の裾を握り締めた。


「ううー! わ、わかった。わかったわよ! 黙って見てるわよ!」


 ブリリアントはそう言って、マジョアンヌの方を見た。

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