「落ちこぼれってことだ」

 バンッ、と大きな音が教室内に響かせながら教室の扉が開いた。


「おい、D組! 魔法史の教科書忘れたんだ。誰か寄越せ」


──教科書忘れたのは自分自身なのに、なんて横暴な……。

 レイはそう思いながら扉の方を見る。

 そこには、見覚えのある少年が立っていた。

 編入試験で会ったキョーマ・キャラメリゼだ。


「ひっ。キョーマくん……」


 編入試験のとき怒鳴られたことを思い出して、レイは肩を縮こまらせる。

 それを見たマジョアンヌは首を傾げた。


「レイさん、あの方とお知り合いですのぉ?」

「編入試験のときにちょっと……」


 レイはキョーマに顔を見られないように手で隠す。

 しかし、その行動はかえって目立ってしまったようだ。


「お前! あのときの格下……! このクラスだったのかよ!」


 キョーマはズカズカとレイに歩み寄る。

 レイは「こんにちは」と出来る限りの笑顔で言った。


「……丁度良い。お前、魔法史の教科書寄越せ」

「あげることは出来ねえです。あたし、貧乏なので……」

「D組の癖に口答えするな! D組がC組の俺に逆らうんじゃねえ!」

「……D組だとなんで逆らっちゃ駄目なんですか?」

「お前、こんなことも知らねえのかよ! これだからD組は!」


 エイダンが補足するように説明した。


「レイはん、あんな? ドロップ魔法学園は一学年にAからDの四つのクラスに分かれとるんや。入るクラスは試験の点数で決まっとって……」

「そう! D組は点数の低い人達……つまり、ってことだ!」

「落ちこぼれ……」


──やっぱり、編入試験の点数良くなかったんだ。

 レイは三年間の努力が否定されたような感覚に打ちひしがれる。


「ようやく自分の立場がわかったみてえだな!」


 キョーマはレイを鼻で笑った。


「落ちこぼれの格下共は格上の人間に従ってりゃ良いんだよ! わかったか!」


 キョーマがクラス全体に聞こえるような大声で言う。

 教室内は、先程までの騒がしさが嘘のようにしんと静まり返った。


「わかりましたわぁ。少々お待ち下さいましぃ」


 マジョアンヌの呑気な声が静寂を破った。

 マジョアンヌはスクールバックを机の上に置いて、中を探る。


「マジョ子のクラス、二時限目が魔法史ですから、直ぐ返して下さいましねぇ」

「は? なんでD組が俺に命令してんだよ! ……まあ、気が向いたら返してやるよ」

「そ、それは困りますわぁ」

「おら、とっとと出せ!」


 キョーマが机の脚を蹴った。

 マジョアンヌはおずおずと教科書を取り出す。

 クラスメイト達は皆、渋い顔でそれを見守っている。

 落ちこぼれは事実だ。

 C組の子に魔法で攻撃されたら敵わないから、誰も反抗しようとは思わない。


「……マジョアンヌさん、渡さねえで良いですよ」


 しかし、レイだけは違った。


「レイさん……?」


 マジョアンヌは驚いて、レイを見る。

 レイは緊張した面持ちで、キョーマを睨みつけた。


「あんたに渡す教科書はねえです! 落ちこぼれだからこそ、勉学に励まなきゃなんねえんでね!」


 レイはそう言い放つ。

 キョーマは一瞬ぽかんとしていたが、みるみる内に顔が赤くなっていく。


「格下が!」


 キョーマは魔法の杖を取り出す。

 それを見て、レイも魔法の杖を取り出した。


「焼き尽くせ、《大火炎グラフラム》!」

「あわわぁ、上級魔法ですわぁ!」


 マジョアンヌが教科書で頭を庇う。


「《流水オー》!」


 レイはキョーマの放った火魔法に水魔法をぶつけた。

 炎が完全に消える前にレイは駆け出し、キョーマとの距離を詰める。

 キョーマが気づいたときには、襟を掴まれて床に叩きつけられていた。


「痛え!」

「危ないじゃないですか、キョーマくん! 建物内で炎魔法なんて!」

「うるせえ! 俺に説教垂れるな! 格下!」

「その格下に今組み敷かれてるのは誰なんですかねー!?」


 レイは暴れるキョーマと目を合わせた。


「良いですか、キョーマくん! その態度を改めないと、シャルルルカ先生みたいなクソ野郎になっちまいますよ!」

「なんねえよ、馬鹿!」


 キョーマがレイの額に向かって頭を叩き込むが、レイはそれを軽くかわす。

 その隙に、キョーマはレイを引き剥がして立ち上がった。


「お前はいつか絶対に潰す……!」


 そう捨て台詞を吐いて、どたどたと足音を立てながら彼は立ち去った。


「凄いですわぁ。C組の子にギャフンと言わせるなんてぇ!」


 マジョアンヌがパチパチと拍手をした。


「ありがとうございますわぁ、レイさん!」

「お礼を言いたいのはあたしの方です」

「……お礼?」

「クラスで浮いていたあたしに声をかけてくれたじゃねえですか。あれ、凄く嬉しかったんです。あれがきっかけで他の人達とも話せて……」


──貴族の子が少し怖くなくなったんです。

 キョーマは怖かったが、それ以上に、嫌な思いをしているマジョアンヌを放っておけなかった。


「ありがとうございます、マジョアンヌさん」

「レイさん……!」


 マジョアンヌは感動で目を潤ませた。


「でも、さっきはなんで魔法の杖出さなかったんですか? あのままだと痛い思いしてましたよ」

「それは……ええと」

「咄嗟に呪文が出て来なくても、魔法を使うフリをしたら牽制になります! あたしも何度かそうしたら、自然と呪文が口から出るようになりましたし!」

「そうではなくてですねぇ……。マジョ子、魔法使えないのですわぁ」

「へ? 魔法が使えない……?」


 エイダンがため息混じりに言う。


「マジョ子はんは筆記試験は満点やけど、実技試験は零点だからずっとD組なんや」

「そ、それは言わないで下さいましぃ」


 マジョアンヌは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「ま、魔法が使えないのに魔法学園に入れるんですか?」

「お金とやる気さえあれば誰でも入れるんですわぁ。『誰でも魔法を習えるように』というのがアレクシス学園長の教育方針ですからぁ」

「流石、大神官アレクシス様。立派な考えやな!」


 エイダンはうんうんと頷いた。

──アレクシス学園長か……。

 魔王を討った英雄の一人で、シャルルルカの知り合い……おそらく。

 彼女は忙しいらしく、始業式にも現れなかった。

──どんな人なんだろう。あのシャルル先生とパーティー組んでたのなら、かなり器の大きい人なんだろうけど……。

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