「おドジさんですわねぇ」

「ドッと疲れた……」


 レイは机に伏せてそう呟く。

 始業式のあと、レイ含む生徒達は自身のクラスの教室に戻って来ていた。

 レイのクラスは初等部四年D組──シャルルルカが担当するクラスだった。

 しかし、これで、シャルルルカの凶行にいち早く気づいて止められる。

 先程のように、手遅れにはさせない。


「あの子、さっきヤバい先生に飛び蹴りしてた……」

「ウチのクラスだったんだ……」


 ひそひそと話す声が嫌でも耳に入る。

 シャルルルカの暴走を止めるためとはいえ、目立ち過ぎた。

──早く先生来ないかな……。


「さっきは凄かったですわぁ」


 そう言いながら、桃色の瞳の可愛らしい少女がレイの横に座った。

 彼女は如何にもお嬢様と呼べるようなロールヘアをしていた。

 彼女の髪はよく手入れされているのかキラキラと輝いて見える。

 椅子に座る動作でさえ品がある。

 貴族の子だ、とレイは一瞬、キョーマの一件を思い出して、顔をこわばらせた。

 桃色の瞳の少女はふわりと笑った。


「あの魔物が幻影だなんてよく気づきましたわねぇ。マジョ子は全然わかりませんでしたわぁ」


 ニコニコと笑う彼女に、レイは少しホッとする。


「いや、あたしも完全に幻影だってわかった訳じゃねえんですよ。経験則っていうか」

「謙遜なさらないで下さいましぃ。誰にでも出来ることではないですからぁ」


 マジョアンヌはレイの方を向いて座り直す。


「初めまして。マジョ子は──でなくて。わたくしはマジョアンヌ・マドレーヌと申しますわぁ。貴女は?」

「あ、あたしはレイです。よろしくお願いします、マジョアンヌさん」

「あらぁ? レイさん、苗字を名乗り忘れてますわぁ。おドジさんですわねぇ」

「あたし、苗字がなくて……」

「あらあらあらぁ! 貴女、平民ですのぉ? 平民ですのにドロップ魔法学園に入学するなんて……」


 レイは自分の発言を後悔した。

──優しそうな子だからつい正直に話しちゃった……。編入試験のときも、平民だって馬鹿にされたし。シャルル先生みたいに嘘をつけば良かったかも……。

 恐る恐るマジョアンヌの顔を見て、その顔にぎょっとした。


「とても苦労されてきたのですわねぇ……!」


 マジョアンヌはボロボロと涙を流して泣いていた。


「この学園に通うには、かなりの実力と大金が必要だと聞いておりますわぁ。レイさんは立派ですわねぇ」

「え。え?」

「これからはマジョ子がついてますから安心して下さいましねぇ!」


 マジョアンヌはギュッとレイを抱き締めた。

 レイはポカンと口を開けたまま、彼女にされるがままになっている。


「ねえねえねえ! シャルルルカ先生って大魔法使い様なんじゃんね? どういう人なんじゃ?」

「さっきの飛び蹴り格好良かったヨ~! もう一回見せてヨ~!」


 キャスケットを被った少女と舞踏会の仮面をつけた少年がレイに詰め寄る。


「え、えっと……」

「こら、ジャーナはん、ロッキー。彼女、困っとるやないか」


 眼鏡の少年が二人に注意した。


「良いじゃん、別にぃ。エイダンくん、頭固いー」

「ごめんごめん! このクラスに編入生なんて珍しいから舞い上がっちゃってネ!」


 キャスケットの少女は不服そうな顔で、仮面の少年はニコニコと笑って、レイから離れる。

 少年は指で眼鏡を押し上げながら、ため息をつく。


「すまんな。ウチのクラス、やかましいのばっかで」

「いえ、話しかけて貰って、嬉しかったです!」

「そんなら、ええんやけど」


 眼鏡の少年は藍色の前髪を七体三で分けていて、真面目な印象を受けた。

 眼鏡の奥の瞳は深緑の色で、キリッとしている。


「わしはエイダン・タルトレットや。よろしゅうな。ええと、レイはん、やっけ?」

「は、はい! よろしくです、エイダンくん」

「マジョ子はんは知らへんみたいやけど、今時は平民も苗字を持っとるはずや。もしかして、あんたは──」

「あ、あのっ!」


 レイはエイダンの言葉を遮る。


「その方言、西の方の出身ですか?」

「ん? そうやけど……。よう知っとるな。辺境の方言やで」

「冒険者パーティーにいたとき、一度立ち寄ったことがあったんです。トマトが美味しくて……」

「レイはん、冒険者やったんか! ほえー。ちゃんとしとるなあ、自分。わしもちゃんとせなな……」


──ちゃんとしてるように見えるけどな。少なくともシャルル先生よりは……。

 そう思ったが、レイは比べる対象が悪いと思い直した。

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