「ちゃんと魔法を教わってねえんだろ」

 筆記試験終了後。

 レイを含む編入希望者達は次の実技試験のため、魔法演習場に移動していた。


「はあ……」


 レイの気分は沈んでいた。

 先の筆記試験、時間内に全ての問題を解けなかったのだ。

 一問目から順番に、じっくりと問題を解いていった。

 途中で試験終了の合図がされ、驚いたと同時に血の気が引いた。

──まだ半分も解けていなかったのに……。どうしよう。次の実技試験で結果が出せなかったら……。

 そこまで考えて、レイはふるふると頭を振った。

──落ち着け……。悪いことばかり考えちゃ駄目だ。大丈夫。三年間、先生に教わったんだから。きっと何とかなる!

 ピエーロが話し始める。


「実技試験の内容は的当て。この線から、あちらに見える的に向かって魔法を放って貰います」


 キョーマが手を上げた。


「何の魔法を使ったら良いんですか?」

「どの魔法を使うかは自由である。得意な魔法を我が輩に見せて頂ければ、それで構いません」


 レイは的を見つめる。

 線から的への距離はおよそ十メートル。

 魔法を放つ距離としては、そこまで遠いとは言えない。

 本当に、『魔法を見る』だけの試験だろう。


「当たるかな……」


 レイはぼそりと呟く。

 レイは遠距離魔法が大の苦手だ。

 冒険者パーティーにいたときも、接触する距離まで近づかなければ、魔法を当てられなかった。

 だから、レイは生傷が絶えなかったのだ。


「ハッ! お前、あの距離も当てられねえのか? 魔法使いの癖に! これだから格下は!」


 キョーマは馬鹿にしたように笑う。

 レイはムッとした。

 ピエーロはこう言った。


「魔法は二回放って貰います。肩の力を抜いて、全力で魔法を使うことですな」


 ピエーロは記入ボードと羽ペンを手に持ち、線の真横に立った。


「では、キョーマ・キャラメリゼから」

「はい!」


 キョーマは杖を手に持ち、意気揚々と線の前に立つ。

 杖の先を的に向け、呪文を唱える。


「燃え盛れ、《大火炎グロフラム》!」


 杖の先から広範囲の炎が放たれる。

 炎は瞬く間に的を取り囲む。

 炎が消えると、的がぷすぷすと煙を上げていた。


「なんと! この歳で上級魔法を扱えるなんて素晴らしい!」


 ピエーロはぱちぱちと拍手をする。

 キョーマはくるりとレイに振り向き、ふふん、と得意げに笑った。


「おい、格下。見たか? 俺の上級魔法。お前みたいな格下には使えねえだろ?」

「うう。た、確かに、初級魔法しか使ったことないです……」

「中級魔法も使えねえのかよ! その程度でよく俺に楯突こうと思ったな」

「ぐぬぬ……」


 レイは悔しくて、唇を噛み締める。


「ミスター・キャラメリゼ!」


 ピエーロが大声でキョーマを呼ぶ。


「試験はまだ終わってないですよ。もう一度、線の前に立ち、魔法を放って下さい」


 キョーマは恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、線の前に戻った。


 暫くして、レイの順番が回ってくる。


「次、レイ」

「は、はい!」


 レイは魔法の杖を持って線の前に立った。

 先刻のキョーマとの言い合いで、他の編入希望者はレイに注目している。

 ピエーロは別の理由で注目していた。

──シャルルルカ様の偽物を名乗る者の弟子だ。どの程度の実力か、見せて貰おうではないか。

 ピエーロはそう思っていた。


「格下に当てられる訳ねえよ」


 キョーマは鼻で笑った。


「絶対、当ててやります!」


 レイは鼻息を荒くして答える。

 そして、魔法の杖を的に向けて、目を瞑った。

──炎の球が的に当たるイメージ……。

 頭の中でイメージし終えると、目を開いた。


「《火炎フラム》!」


 炎の球が的に向かって行く。

 しかし、炎の球は途中で消え失せてしまった。


「と、届かない……」


 レイは顔を青くさせた。


「ほら、見ろ! 口先だけの格下がよお!」


 キョーマが大笑いした。


「ちゃんと魔法を教わってねえんだろ! 初級魔法止まりの格下が!」


──違う。シャルル先生は先生なりにちゃんと教えてくれた。あたしの努力が足りなかったせい……。

 魔法学園に通う夢が絶望的で、レイは泣きそうになる。

──どうしよう、シャルル先生……。


「そんなもの知るか。自分で考えろ」


 レイの耳にシャルルルカの声が聞こえてきた。

──シャルル先生……。幻聴でぐらい、ちゃんとしたことを言って欲しいんですけど。


「これ以上ないヒントだと思うがね。三年間、ちゃんと教えたはずなんだが」


 そう聞こえてきて、ふと思う。

──三年間、何を学んできたっけ?


「では、もう一度」


 ピエーロが合図する。

 レイは思いついたように踵を返して、走り出した。


「何処に行くのだ!?」


 レイには学がない。

 しかし、他の編入生にはなくて、レイにだけあるものがあった。

 それは冒険者として魔物と戦った実践経験である。

──届かないなら、届かせる。

 レイはぴたり、と足を止めて、振り返る。


「《火炎フラム》……」


 杖の先に炎の球を作り、それをキープしながら、走って線まで戻る。

 助走をつけて、炎の球を的に向けて放り投げた。

 レイは三年間、シャルルルカと共に冒険をしてきた。

 魔物と戦う際、未熟なレイは少しでも有利になるべく、立ち回りを意識する。

 地形や気候……自然の原理までも利用する。

──「使えるものはなんだって使え。死にたくないのならば」

 冒険の最中、大怪我をしたレイに、シャルルルカはそう必ず言った。

 レイの強みは、実践での経験だ。


「当たれ!」


 願いを込めて叫ぶ。

 炎の球は的に命中した。


「やった! 当たった!」


 レイはその場でぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。


「見ましたか!?」


 くるりと後ろを振り向く。

 ピエーロのポカンとした顔が見えて、ハッとした。


「あ、線……」


 恐る恐る足元を見ると、線を大幅に通り過ぎていた。


「わー! 線のこと、すっかり忘れていた! す、すいません! 線、オーバーしちゃって……!」

「い、いえ」


──ああ、やってしまった! ルールを破るなんて、これじゃあ、先生と同じじゃねえですか!

 レイは頭を抱えて、とぼとぼとピエーロの前を去った。


 □


 ピエーロはまだ的を見つめていた。

 的は燃えて、的を支える棒だけしかそこには残っていなかった。

──今の、初級魔法の威力ではないだろう! ミスター・キャラメリゼの上級魔法だって的を丸焦げにする程度だったのだぞ!?

 ピエーロは唇を噛み、燃え尽きた的をじっと睨みつけた。

──シャルルルカ様の偽物の弟子が、こんなに強くて良いはずがない。

 ピエーロの中で黒い感情が沸々と湧き上がっていった。

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