第17話 陥穽1

 ふれあいホームステイ最終日。

 ぼくの目覚めは……最悪だった。


 手探りでスマホをたぐり寄せると、四角い光は午前四時を示してた。

 エアコンがしっかり効いてるのに、どういうわけか汗びっしょり。

 夢のせいだ。


 この前ぼくに、月城つきしろ先生のことが知りたければ、八神やがみさんと話せみたいなことを言った声と同じだれかが、また現れた。

 顔は分からなかったけど、今度は赤い炎が人のような姿をして、ゆらゆらとゆれていた。


    ※※※

「月城達也たつやの正体を知りたいだろう?」

「あ、あんたはだれだ!」

「私か? 私のことは『YS』と呼ぶがいい」

「イース? ぼくにそんな知り合いはいない」

「そうかな? まあいい。そんなことより、月城達也の正体と目的を知りたいんじゃないのか?」

「それは、知りたいけど……」

「ならば図書館へ来るのだ。お前の知りたい答えが、そこにある」

「図書館? どうして?」

「来れば分かる」

「いやだと、言ったら?」

「これを見ても、そんなことが言えるかな?」


   ※※※


 くそっ……まだ目に焼きついてるみたいだ。

 YSと名乗るそいつが見せたのは――こうちゃんと香坂こうさかさんの…………首だった。


    ※※※


「おいっ! 二人に何をした!!」

「特に何も。まだ、な」

「二人をはなせ!」

「はなせと言っても、この二人は自らここに来たのだ。安心しろ。別に死んでいるわけではない。ただ少し、いただいただけのこと」

「いただいた!?」

「これ以上知りたいのなら、図書館へ来い。手順はもう一人に伝えてある」


    ※※※


 ここでとつぜん、ぼくは夢から覚めた。

 強制的に追い出された感じだった。


 ヴゥゥゥゥゥゥッ!


「わわっ!」


 持ってたスマホがいきなりふるえた。

 こんな時間にと思ったけど、ぼくには何となく予感があった。

 見ると「FINEファイン通話」という通知。

 相手は八神さん。


「もしもし?」


 ぼくは画面をタップして、小声で出た。


「もしもし瀧人たきとくん? こんな時間にごめんね?」

「だいじょうぶ。もしかして夢の話?」

「! じゃあやっぱり瀧人くんのところにも?」

「うん。さっき起きたばっかり」

「ただの夢、じゃないよね?」

「ぼくはそう思う。どんな夢だった?」

「図書館の本の、出し入れの順番? みたいな。意味分かんないけど」

「手順って、そのことか。それ、ちゃんと覚えてる?」

「うん。頭の中に書きこんだみたいに、はっきり思い出せる感じ」

「その順番を教えた人、自分の名前言ってた?」

「うん。『イース』だって。『YS』で『イース』」

「文字までは言ってなかったな……八神さん、明日だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ。瀧人くんの夢はどんなだったの?」


 あの映像を思い出して、ぼくは吐きそうになる。


「明日、会ったら言うよ。ここで文字にしたくないんだ」

「分かった。じゃあ時間は――」


    ◇


 二度寝しようと思ったけど、とても眠れそうにない。

 ぼくは、ジリジリしながら朝を待った。

 少し早いかもと思いながらも、午前六時ころ、ぼくはこうちゃんと香坂こうさかさんに電話をかけた。

 そして……驚いたことに、二人ともちゃんと出たのだ。どちらも眠そうだったけど、ふつうに話ができた。

 用事を聞かれて、ぼくはあいまいに答えて通話を切った。


 たしかに、これで少しだけ安心できた。

 でも、ぼくは信用できないでいる。

 電話に出た二人が、本物だってことを。


 とりあえず今日は、ふれあいホームステイの最後の日。

 終わり方はそれぞれだけど、香坂家では朝ごはんをいっしょに食べて、そこでお別れになるって言ってた。

 ぼくだけじゃなくて、親せきの人たちもみんな今日帰るらしい。

 昨日送り盆をしたからね。

 お盆休みも終わりってこと。


 朝ごはんをみんなで囲みながら、


「さみしくなるわねー」


 と、香坂さんのお母さんが小さくとつぶやいた。

 一週間だけの、ぼくのお母さん。

 今のぼくには、あり得ないくらいいいお母さんだった。

 ありがとうの気持ちを、たくさん伝えたつもりだ。

 香坂さんのお父さんとは、あんまり話をできなかったけど。


 みんなの見送りを背中に受けて、ぼくは香坂家を出た。

 見上げると、いつもの夏の空。

 でも少しだけ、青がうすく見える気がする。

 雲がふえたのか。

 秋が近づいているのか。


 そしてこれから、やらなきゃならないことがある。

 自宅にもどったぼくは、いつも使ってるリュックに、いろいろつめこむ。


 行き先は図書館だけど、ただの図書館のはずがない。

 暗やみとかあった時のために、LEDの懐中電灯。

 のどがかわいたり、小腹が空いた時のために、ミネラルウォーターとグミ、あとチョコレート……は溶けちゃうかな。

 暑いからタオルもひつようだし、天気はいいけどいちおう折りたたみ傘。

 武器にもなるしね。

 あとはポケットティッシュとばんそうこう、スマホ。


 そして……お守り代わりの計算ドリル。

 名前は結局、ちゃんと書けてないままだけど。


「よし、行くか」


 ぼくは自転車に飛び乗った。

 何でぼくが行かなくちゃいけないのか、なんてことは、一ミリも考えなかった。

 

   ◇


「図書館に着いたけど」


 自転車を駐輪場に置いて、ぼくと八神さんは入り口の前に立った。

 四階建てのちょっと面白い形の建物。

 遠くから見ると、ふくろうが羽根を開いたようにも見える。

 てっぺんにのっかってるふくろうの顔の部分は、本を開いた形でもあるんだって、八神さんは言った。


「じゃあ私についてきて」


 八神さんの後を、ぼくはだまって追う。

 そうしてたどり着いたのが、二階のある本棚の前だ。

 目の前に、ふだんなら絶対に選ばないような、古びて重々しい本がズラリとならんでいる。

 八神さんはその本のうち、濃紺色で統一されたものの五冊を手に取った。


「私も意味は分からないし、どうなるのかも聞いてない。だから『YSイース』に言われた通りにするね」

「うん。何をするの?」

「このシリーズを、決められた順番で並べかえるみたい。見てて」


 一体何が起こるんだろう。

 八神さんがていねいに本を取ってはもどす様子を見ながら、ぼくは考える。

 光ちゃんと香坂さんの、あの姿。二人も同じことをしていたとしたら?

 正直、あんまりいい予感がしない。

 止めるべき、とすら思ってしまう。


「瀧人くん」


 八神さんの声で、われに返る。


「これが最後の一冊。いい?」

「ちょ、ちょっと待って」


 首をかしげる彼女に、ぼくは言った。


「もし、もしだよ? その本をもどした瞬間にどこかへ飛ばされるとかしたら、もどってこられるのかな?」

「どうだろ。ふつうにもどれると思ってたけど。さかきくんと芹里菜せりなちゃんも、家に帰ってたんでしょ?」

「うん。でも念のため、目印になるようなもの、ここに置いてかない? ヘンゼルとグレーテルみたいにさ」


 八神さんは少し考えてから、コクリとうなずいた。


「万が一ってこともあるしね。じゃあ私は……このキーホルダーを」

「ぼくは、この帽子を置いてくよ」


 ふたりで濃紺色の本の上に、静かにのせる。

 図書館の人が先に見つけてしまいませんように。


「じゃあ入れるね」

「うん」


 八神さんが最後の一冊を押しこんだ瞬間、ぼくの視界は真っ暗に変わった。

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