第10話 透子と計ド、作戦会議

 気が進まない。

 グループメッセージを終えて、ぼくはスマホをにぎりしめた。


    ※※※


 光士郎こうしろう『明日の十時、公民館に集合な。おーけ?』

 芹里菜せりな『どうしたの? とつぜん』

 光『忘れたのか? 夏祭りの時のやくそくだよ』

 芹『もしかして月城先生と会うの?』

 光『いや、それはさすがに無理だった』

 芹『それじゃ何?』

 光『代わりに計算ドリル、借りてきた』

 芹『ええ?』

 光『名前をまだ書いてないやつ。八神さん、予定だいじょうぶか?』

 透子とうこ『だいじょうぶ』


 ここでしばらく、間が空いた。

 順番的にぼくの都合を聞いてくる流れだと思うけど、メッセージは止まったまま。

 仕方ないから、ぼくから送った。


 瀧人たきと『ぼくもだいじょうぶ』

 光『じゃそういうことで。みんな、遅れるなよー』


     ※※※


 と言う感じだったんだ。

 ぼくがモヤモヤする気持ち、きっとほかの人にも分かってもらえると思う。

 だいじょうぶとは言ったけど、やっぱり気が進まない。

 でも、断る理由もない。

 それに、少し興味もある。行くしか、ない。


    ◇◇◇


「ちょっとさかきくん。昨日のFINEファインのあれ、一体なに?」

「なにって、何が?」


 約束の午前十時、公民館前。

 ぼくは暑いから自転車で来たけど、歩きでも十分くらいの場所にある。

 少しだけおくれて到着した光ちゃんに、いきなり香坂こうさかさんがかみついた。


「どうして瀧人くんに都合聞かなかったの!? 感じ悪かったよ?」

「いや別に聞かなかったわけじゃねーよ。たまたま瀧人が先に答えただけだって。なあ、瀧人!」

「あ、うん」


 肩に腕を回してくる光ちゃんに、ぼくはそう答えるしかなかった。

 光ちゃんの言う通りかも知れないし。でも、香坂さんも同じ感想だったんだ。


「そんなことより、早く中に入ろうぜ。急いで来たから暑いのなんのって」

「遅れるなよーって言った自分が、一番遅かったくせに」


 香坂さんは、まだプンスカしてる。八神やがみさんは、特に何も話さない。


    ◇


 公民館の和室は、熱がこもってムッとした。

 光ちゃんのお母さんが、前もって借りてくれたらしい。

 さっきつけたばかりのエアコンが、少しずつ効いてくる。


「さて、さっそく始めるか。みんな、座ってくれ」


 ぼくたちは大きなテーブルを囲んだ。

 四人がいっしょに乗れるくらい、りっぱでがんじょうそう。

 やらないけどね。


「じゃじゃーん、これを見ろ!」


 と言って光ちゃんがリュックから出したのは、計算ドリル。

 ひっくり返すと、まだ名前は書かれてない。


 ただ、見たことのあるスタンプが押されていた。

 ラジオ体操の出席カードにあった、お城と三日月のスタンプ。


「ちょっ、だいじょうぶ? 瀧人くん」

「うん。だいじょうぶみたい」


 ドリルを見ても、ぼくの「病気」は起きない。

 勉強するわけじゃないって分かってるからか、この先どうなるのか気になってるからなのか。


「そっか、そうだった。悪い、瀧人」

「いや、平気だよ。だいじょうぶだから。それでそのドリル、どうしたの?」

「特別に月城つきしろ先生から借りてきたんだよ」

「榊くん、何て言って借りたの?」

「そりゃそのまんま言ったんだよ。先生の魔法をたしかめるためですって」

「よく貸してくれたね……」


 思わずつぶやいてしまった。

 あまりとかあるんだろうけど……まああくまで「貸す」ってことかな。


「最初は困った顔してたけど、誰に見せるんだって聞かれたから、正直に『八神透子』って言うおさななじみにって。そしたら貸してくれた」

「……私の名前を出したの?」

「ああ。ウソつくわけにもいかねえしさ」


 気のせいか、八神さんの目が少し細くなったように見えた。

 でも何も言わなかった。


「ほら、八神さん。試してみな。名前を書いてから問題を解くんだ」

「……」


 八神さんは無言でドリルを受け取ると、さらさらと自分の名前を書いた。

 その瞬間。


「あっ!」


 とつぜん、大声を上げる八神さん。

 その目がテーブルの上のドリルに釘づけになってる。


「透子ちゃん、見えた? 妖精」

「う、うん……」


 あまり表情を動かさない八神さんが、こんなにおどろいてる。

 やっぱり光ちゃんや香坂さんが言ってたことは、本当なんだ。


 月城先生は……魔法使い、なんだ。


「どのページでもいいから、ちょっと問題を解いてみ?」


 光ちゃんがうながす。

 八神さんはドリルの真ん中あたりを、さっと開いた。

 ぼくは目をそらす。


 すらすらとまったく悩む様子もなく解き続ける八神さん。

 あっと言う間に一ページ分が終わったようだ。

 すごい。


「どうだった? 透子ちゃん」

「うん、すごかった」

「すごいって、どうすごいの?」


 ぼくは思わず聞いてしまう。


「正解するたびに、ピンポーンって音がなるし、気分がよくなるみたい。一ページ終わったら、やったーって気持ちになったし、もっとやりたくなったの」

「そうなんだよな。問題解くのがめちゃくちゃ楽しいし、やる気がこう、もりもりわいてくるって言うかさ」

「それにね、透子ちゃん。問題を解いていくと、妖精が少しずつ成長していくみたい。クラスにはもう名前をつけた人も結構いるんだよ」

「鈴木のやつ、好きな子の名前つけたみたいだぜ? ぜってー教えてくれねえけど、あいつヤベーよな」


 もう、決まりだ。

 魔法使いかどうかはともかく月城先生は本当に、宿題にふしぎな力をもたせることができるんだ。

 それに、花火大会の帰りに公園で見た男の人。

 青緑色の光と、話をしていたように見えた。


「何者なんだろう、先生は」

「そう! 気になるだろ? だから瀧人もいっしょに調べようぜ!」


 疑問が勝手に口をついて出たぼくの肩を、光ちゃんがパシンとたたいて言った。

 もちろん、気になる。

 もしかしたら、ぼくの病気も……。


「調べる、って?」

「おれと香坂と瀧人で調べるんだよ。月城先生の正体をさ!」

「ちょっと! わたしまだやるなんて……」

「榊くん」


 八神さんは、光ちゃんの方に向き直った。

 じっと光ちゃんの目を見ている。


「まず、わざわざ私のために、計算ドリルをじゅんびしてくれてありがとう」

「え? お、おう」


 ぺこりと頭を下げる八神さんに、面くらう光ちゃん。


「それで、お願いがあるの。私も、その月城先生の正体をさぐるのに、混ぜてほしいの」

「や、八神さんも、か?」


 どういうつもりなんだろう、八神さん。

 あの白陵はくりょう学園に通ってるんだし、勉強や宿題に困ってるとは思えない。ただの好奇心?


「別にいいよな? 瀧人、香坂」


 とつぜん言われて、ぼくと香坂さんは顔を見合わせた。

 ぼくも香坂さんも、まだやるとは言ってないんだけどね。


「光ちゃんがいいなら、いいんじゃないかな」

「瀧人くんがそう言うなら、いいけど」

「それじゃ、決まりだ!」


 指をパチンと鳴らして、飛び上がらんばかりによろこぶ光ちゃん。


「あ、でも」

「何だよ、香坂」

「明日から、あれが始まるじゃない」

「あれって……ああ、『ふれあいホームステイ』か。別に問題ないだろ?」

「それは、そうだけど」

「白陵学園の六年生は、『ふれあいホームステイ』に参加しないの」


 ぽつり、と八神さんが言う。


「中等部進級考査があるから」

「ちゅーとーぶしんきゅーこーさ?」

「かんたんに言えば、中学受験」

「うえ~、厳しいんだなー」

「だったら余計に、いそがしんじゃないの? 透子ちゃん」


 香坂さんの指摘に、八神さんは首をふった。


「私は、だいじょうぶ。ぜったい」

「すげー自信だぜ。でもまあ、それならなおさら問題はないよな。と言うわけで、今から作戦会議だ!」

「もう…しょうがないな、さかきくんは」


 いつの間にかぼくもやることになってる。

 でもまあ、それはいい。

 心なしか、光ちゃんもご機嫌になってるみたいだし。


 気になるのは、八神さんだ。

 何だろう、あの表情は。

 楽しいとか、わくわくとか、ぜったいにそんな感じじゃない。

 何を考えてるんだろう。


    ◇◇◇


 ――こんな感じで、ぼくの夏休みの前半は終わった。

 後半に何が待ってるのか……今のぼくには、何も分からないままだった。

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