白崎美和の失恋
雨宮ロミ
白崎美和の失恋
「みわちゃんは頑張り屋さんだからね」
「そうだ、今度はみわちゃんの好きなところに行こうか」
「みわちゃん、将来の夢は何? 学校の先生…? すごくみわちゃんらしいよ!」
優しく、少し低い、色っぽく掠れた声が私の頭の中で響いている。
部屋の中、私はぼんやりと、先輩――元カレのことを思い出していた。元カレは元カレだけれど、「元カレ」って言いあ羅わしてしまうと、なんだか他人行儀っぽくなってしまうから
土曜日、窓の外は雨。寒いけれど、雪にはならなそう。今日はバイトは休み。先輩と一緒に出掛けたい、と思ってシフトを空けていたから、暇になってしまっている。
先輩と別れてから一か月。思い出にするには、まだあまりにも早すぎる。
元カレ――先輩は、同じ大学の、二歳年上の先輩。水曜一限の講義で隣の席になったことが初めての出会い。私が教科書を忘れた時に貸してくれたり、資料を私の分まで取っておいてくれたり。講義が始まるよりも早い時間に来て就職の試験のための勉強をしていたり……。
そんな、優しくて真面目で一生懸命なところに惹かれて、そして、一限の講義が全て終わって夏休みに入る、って時に、先輩に告白した。
先輩はちょっと驚いた顔をして「いいよ」って言ってくれた。そして、私の人生初めての彼氏ができた。本当に素敵な人で、付き合えたのが夢のようだった。
本当に幸せな時間を過ごしていた。電話もおしゃべりもたくさんして、いろんなところにデートに行って、10月の学祭も一緒にお店をめぐって……本当に楽しかった。
「ごめんね。就職活動と勉強に集中したいんだ」
けれども、10月の文化祭が終わって少しした後、そんな、一分足らずの言葉で、私たちの関係は過去のものになってしまった。
――なんでそんなこと言うの! 私のこと、嫌いになったの!?
――私はもっと先輩と付き合っていたい! 先輩のこと、支えたいんです!
――そんなこと言わないで! 別れたくない!
真面目な先輩らしい別れ方だな、って思った。だから、そんな思っていることを全部飲み込んで、「分かりました。今までありがとうございました。本当に楽しかったです」って言って、私たちの関係は過去のものになった。今までの楽しいやり取りの時間よりずーっと少ない時間で。
「勝手でごめんね。今まで本当にありがとう」
先輩は優しい人だから、最後に私を抱きしめて、撫でてくれた。私よりも20センチは高い身長。本当に素敵な人だった。
先輩とお別れした、ということは理解している。けれども、何にもない隙間の時間は、ずーっと先輩のことを考えてしまっている。今もそう。ずーっと先輩のことを考えてしまう。
「こんなんじゃだめだ! 新しい恋を始めよう!」
部屋の中、自分に言い聞かせるように叫んで身体を起こす。そしてすぐそばにあったスマートフォンを開き、マッチングアプリをインストールした。先輩への未練を断ち切るんだ! マッチングアプリを開き、チュートリアルを終えた後、いいね、と思った人をタップしていく。その作業を続けてしまう。
「……」
タップしていて思った。背が高くって切れ長の目で何かに打ち込んでいる人。先輩の面影を追っているようなもんじゃん! まだ、先輩に未練がある。
「はあ……」
私は大きくため息をついて、マッチングアプリを閉じてベッドに沈み込む。
「新しい恋、始められるのかなあ……」
ロック画面は先輩と私のツーショット写真。変えられる気がしない。
まだ、私は先輩のことが、好きだ。
白崎美和の失恋 雨宮ロミ @amemiyaromi27
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