ですてぃにー

香久山 ゆみ

ですてぃにー

「うちの娘かわいいから、アイドルのオーディションに応募しようと思うんですぅ」

 それを聞いて、チャンスだと思った。

 もしも瑠那ルナがアイドルになれば、未解決事件の重要参考人と目される天下無双のアイドル・夏目一葉イチヨーさんに近付くことができるかもしれない。

 母親から、頼んでもいないのに、瑠那の動画が送られてくる。どれどれ、と視聴する。

 自宅の寝室で、布団の上をステージに見立てて女の子が踊っている。

 バックに流れる曲は、イチヨーさんのヒット曲だ。曲に合わせて、小さな体が右に左によたよたと揺れる。ワンテンポ遅れて右手を上げる。左足を振り上げると同時に、ころんと尻餅をつく。

 ……だめだ。

 瑠那の芸能界入りをきっかけにイチヨーさんに近付くという線は早々に諦める。そもそも幼稚園児でアイドルオーディションなど気が早すぎる。応募要件は「中学生以上」となっている。確かに瑠那はかわいいけれども、親馬鹿すぎる。

「頑張ってくださいね」

 と社交辞令を述べて、スマホを閉じる。

 未解決事件No.1を解決するためには、他の方法を考えねばならない。


 未解決のまま時効を迎えた事件のうち、特に凶悪・異様な事件には一桁の番号が振られた。かつて刑事だった頃、俺は上司の和久さんとともにそれらの事件を追った。

 そうして、一桁台のうち『No.1』を採番したのは和久さん自身だ。

『No.1』には、和久さんが色々な事件を詰め込んでいった。いずれも未解決の変死事件であるが、その内の何件かは特筆すべき事件も含まれる。連続殺人事件や大量失踪事件など、世間を騒がせたものだ。和久さんが採番しなくても、いずれ一桁台が振られたであろう。

 それら多くの事件が発生した時代に、イチヨーさんの歌がヒットして巷間に流れていた。

 ――イチヨーさんの歌が、人々を狂わせ、事件を誘引していたのではないか。

 とはいえ、すべての事件にイチヨーさんが直接関係しているとも思われない。

 中には、五十年前の白鳥琴美が殺害された事件が含まれていたりもする。年齢不詳のアイドルとはいえ、さすがにイチヨーさんのデビュー前の出来事だ。

 和久さんがなぜこれらの事件を一括りに『No.1』としてまとめたのか。

 今となっては、その真意は分からない。もしも和久さんに会えたところで、俺は視えるだけで霊の声は聞こえない。だから、自分の手で事件を整理していくしかない。

 本来なら、イチヨーさんに接触するのが一番の近道だ。しかし、「究極のアイドル」と称される彼女に近付くチャンスはない。

 だから俺は、あえてイチヨーさんとは事件から手を付けることにした。別の線から事件を調査し、ことによれば関係者から話を聞くこともできるかもしれない。

 刑事時代の同僚に頼んで、密かに事件資料のコピーを入手した。

 白鳥琴美が殺害された事件。『No.1』の中で最も古い事件だ。

 現場百遍、五十年前の事件現場に足を運ぶ。

 しかし、思った結果を得ることはできなかった。

 白鳥琴美は事故とも自殺とも他殺とも判断しかねる奇妙な死に方をしていた。捜査を進展させるような証拠も挙がらなかったため、あまりの異様さから殺人事件として振り分けられたものらしい。周囲の証言からも、自ら命を絶つような様子はなかったという。

 事件は通学路で起きた。毎日歩き慣れた住宅街で、近くには小学校もある。

 五十年も経てば、多くの家や景色も変わってしまっている。当時見つからなかった証拠を、新たに発見するようなことなどできるはずもない。大多数の住人は五十年前の事件すら知らない。

 けれど、数軒であるが、長くそこに住み、かつ当時のことを覚えている人に会うことができた。そこで意外な話を聞いた。――当時、この地域に夏目一葉イチヨーさんが住んでいた。

 つまり、小学生だったイチヨーさんの歌声を、犯人が、もしくは白鳥琴美自身が耳にしていた可能性があるということだ。

 結局、イチヨーさんに繋がってしまった。

 なんとかして彼女に会わねばならない。けど、どうやって?


 意外なところからチャンスは巡ってきた。

「やりました! うちの子が、書類と動画選考に通りました! 次は本社で面接です!」

 母親から喜色満面の電話が掛かってきた。まさかのまさかだ。本社とは、イチヨーさんが所属する芸能事務所である。

 自分も同行したいと申し出ると、「行きましょ、行きましょ」と二つ返事で応諾してくれた。興奮して冷静さを欠いているようなところ、どさくさに紛れるようで申し訳ないが、断られてもついて行く気だった。

 案の定、二人も保護者がくっついてきたことに、面接官は眉を潜めた。が、特に追い返されることもなかったのは、面接官たちの意識が瑠那に釘付けだったからだ。

 面接官たちの間に戸惑いが広がる。

「え、あれ、その子って幼稚園児だよね」

「ちょ、なんで書類通過したの」

「いや、書類の写真には猫目の美少女が……、あれっ確かに本人の写真だ」

「見落としたにしても、動画選考で気付くでしょ」

「いえ、ダンスが抜群に上手くって、猫みたいに柔軟性の高いしなやかな動きを……」

「どう見てもお遊戯会だぞ。かわいいけども」

「そんなはずは……」

 少々お待ちください、といって面接官たちはざわざわと協議に入る。

 当の瑠那はふわあとあくびをして我関せずだ。瑠那に憑いた化け猫ツクモの仕業だな。グッジョブ、と瑠那の頭を撫でて、そっと席を外す。

 人目を避けて廊下を進む。社内を勝手にうろうろしているのを見つかれば追い出されるかもしれない。もしも見つかったら、「トイレを探していたら迷子になった」と言おう。ベタだけど。

 とはいえ、どこを目指せばいいのか、そもそも今この建物にイチヨーさんはいるのか。分からないまま徘徊していると、あっけなく後ろから声を掛けられた。

「だめですよ。部外者がこんな所まで入ってきては」

「あ、すみません……」

 ゲームオーバーかと振り返ると、白いワンピースに艶のある長い黒髪を靡かせた女性が立っている。シンプルな装いに関わらず、なぜか目を引く華やかさがある。夏目一葉だ。

「イチヨーさん……」

 思わず呟くが、その後が続かない。まさか、「あなたの歌が大勢を殺しましたよね」と言うわけにもいかない。彼女は真っ直ぐな目でじっとこちらを見据える。

「ええと、あの、No.1の……あ、いや、No.1っていうのは未解決事件で和久さんが……、あっと、そうじゃなくて、なんといえばいいか、事件のことでイチヨーさんにお話を聞きたくて……」

 究極のアイドルに見つめられてしどろもどろになっていると、彼女がふっと笑みを溢した。ズキュン! すごい破壊力! しかし、彼女の発言はそれ以上だった。

「ああ、和久さんのお弟子さんね」

「えっ、和久さんを知っているんですか」

 驚いて聞き返す。

 あっちで話しましょうか、と空き部屋に案内される。

 ドアが閉まるや、アイドルと密室で二人きりということに気も留めず、食い気味にイチヨーさんに質問する。

「和久さんとお知り合いなんですか」

「知り合いというか……。数年前、私が芸能活動を休止している時に、彼が会いに来られたのよ。事件の調査をしてるって」

「それは……」

 未解決事件についてでしょうか、という言葉を飲み込む。それについて聞きに来たくせに、いざ本人を前にすると言い淀んでしまう。

「未解決事件についてよ」

 代わりにイチヨーさん自身が言った。俺は驚いて二の句が継げない。

「私の歌が多くの事件を誘引しているんじゃないかって。そうですね、って答えたわ」

 どのみち時効だし、私が直接手を下したわけでもないから、罪に問われることはないと言われた。すでに芸能界を離れていたから、これ以上の事件も起こらないだろう。ということで、和久さんは納得されたわ。

 そう淡々と語る。

「でも、最近芸能界に復帰して、また歌をリリースされましたよね」

「ええ、そうね」と彼女は目を細めた。

「和久さんの訃報を聞いて、芸能界復帰を決めました」

 彼女はそう言った。

「私には歌しかないから。いつ死んでしまうかもしれない人生に、自分が生きた証を残したいと思ったの。私の歌は誰かを不幸にするかもしれない。けれど、それ以上の人を幸せにしてやると誓ったの」

「……歌に込められた悪い力を排除することはできないんですか」

 そう問うと、彼女は小さく首を横に振った。

「私の歌声は、呪われているの。音源に入る不吉な声は確かに私のもののように聞こえるけれど、私はけっしてあんなフレーズは入れていない。なのに、私が歌うと必ず紛れ込むの。ずっとそうなの」

 こんなにも歌うことが好きなのに、と寂しそうに睫毛を伏せる。

「和久さんも、呪いをなんとかできないかと親身に話を聞いてくださったわ。けど、アレが相手だと難しいって」

 彼女の話を聞きながら、白鳥琴美事件で聞き込みをした近隣の住人の話を思い出す。

 彼らが、五十年も前の小学生のことを覚えていたのには、わけがある。イチヨーさんが幼少時から人目を引いていたから、ではない。彼女の家が異質だったからだ。

 イチヨーさんは、どういう事情か知らぬが祖母に育てられていた。

 祖母は霊媒師のようなことをしていたらしい。耳馴染みのない妙な神様を拝んでいたという。「オシラセ様が憑いているから、あの家の子は人外の美しさと歌声を持っている」そんな噂が囁かれた。

 イチヨーさんからは、薄らと白いベールのようなようなものが滲み出ているが、それがオーラなのか、それとも良くないものなのか、にわか霊能力者の俺には判別が付かない。

「でも、あなたの歌によって、また瑠那――幼い女の子の父親が狂って失踪してしまった。どうにか救う方法はないですか?」

「ないわね」

 そんなものがあれば私が聞きたい、とでもいう風に彼女が答える。が、少し考えてから、「でも」と言い足す。

「でも、そうね……。あの子の歌なら、悪いものを祓えるかもしれない」

「あの子?」

「私の娘よ」

 究極のアイドルは、はっきりとそう答えた。

 週刊誌の噂通り、一度芸能界を離れたのは出産のためだ。しかし、アイドルという身の上のため、娘は間もなく親戚の子のない夫婦の養子とされた。

「あの子は私と正反対だから。私と違って器用だし、頭もいいのよ。私は中学の勉強からついていけなかったけど、あの子なら今頃大学生になっているかもしれないわね」

 イチヨーさんの話を聞きながら、俺はある人物を思い浮かべていた。

「あなたも会ったことがあるのじゃないかしら。あの子のにおいがする」

「におい? イチヨーさんも霊的な能力をお持ちなんですか?」

「ふふ、ないわよ。……母の勘、よ」

 呪いを解くヒントを得て、「イチヨーさんの娘」に会いに行くことを決める。


 残念ながら、瑠那は審査失格となった。

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ですてぃにー 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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