A child dancing for affection.

メイルストロム

Dancing in the null point.

 ──人形師見習いのヨルと師匠のリヴラ。 


 師匠の下で学び始めて数年。つい先日、私は始めて師匠の親戚と対面した。普通に生きていればそんな機会、いくらでもあるのだろうが──こと師匠に関しては、そんな機会など無いと信じていた。

 なにせ師匠は自身にまつわる情報の殆どを秘匿している。それこそ「社会に自分の痕跡を遺したくない」とでも言わんばかりの徹底ぶりだ。また残念な事に、私に対してもこのスタンスは変わらない。

 この数年で知れたのは──師匠が天下無双の人形師/作家/技師であること。前髪ぱっつんのリカさん人形で必ず笑うこと。珈琲には必ず角砂糖を八つ入れること。布団が嫌いだと言うこと。

 そしてつい先日、親戚にテレジア・リヴリアンという人が居る事を知った。



 *

「そういや師匠、どうして布団が嫌いなんです?」

「床で寝る事に慣れていないのです。逆にお聞きしたいのですがヨルは何故、布団に固執するのですか」

「知っての通り寝相が頗る悪くてですね……その、落ちるんすよ」

「…………はい?」

「いやだから、ベットから落っこちるんですって」

「あのサイズのベットでも?」


 信じられない、とでも言いたげな視線を向けられた。尤も、与えられたベットのサイズを知れば納得がいくというもの。

 一人で寝るのなら、セミダブルサイズでさえ持て余す事も多い。にも関わらず師匠はダブルサイズのベットを用意してくれたのだ。大人二人でも余裕をもって寝れるあのサイズである。


「はじめのうちはよかったんです。けど広くなった分、動く範囲も広がってきましてね?」

「……ならもうワンサイズ上げますか?」

「心遣いは嬉しいんですけどね、師匠……多分それでも落ちます」

「広くなればなるだけ寝相が悪化すると?」

「まぁ、多分……そうっすね」


 確固たる根拠はないけれど、確実にそうなるだろうという予感はする。何度か自身の寝姿を録画したのだが、ベットが大きくなるにつれ寝相はどんどんダイナミックになっていた。ごめん寝やスフィンクス寝なんてかわいいものじゃない。ダブルサイズになってからは、操り人形よろしく奇抜な動きを見せている。半分踊っているようなものだが、全く記憶がないのだ。

 ちなみに布団で寝ていても大差ない。結局布団以外の場所で、妙な姿勢のまま目を覚ますのが日常となった。そして大抵、目を覚ました時には枕などの程良く軟らかいものを強く抱き締めている。


「なので落ちようのない布団の方が良いんです、私は」

「ですがヨル。そうなると貴女は床の上で寝ることになるのでは……?」

「落ちて頭ぶつけるよかマシっす。それに私の都合で買い換えるのも気が引けますから」


 そう。ベットから落ちるよりはマシなのだ。ここは幸いにも冷暖房が完備されているし、あの頃のような隙間風だってない。加えてカーペットも肉厚なモノときた。これなら雑魚寝であっても全く問題ない。



 *

「────師匠、今なんていいました?」

 寝床の話をしたその日の晩。寝間着の師匠が私の部屋を訪ね、信じられない言葉を口にしたのだ。

「ですから、今晩は一緒に寝ましょう──と、申し上げたのです」

「……どういう風の吹き回しですか? それに私の寝相がどれだけ酷いか、師匠も知ってますよね」

「はい。だからこそなのです」

「意味がわからないっすよ……」

「わからなくていいのです。これはただの思い付きのようなものですから──では、失礼して」


 何が何やら。諦観しきる頃には既に、師匠は私のベットへ入り手招きをしている。いい年齢の大人がするには少々幼く、あざとい仕草だとは思ったが……もう抗議する気力すらない。

 どうか就寝中に、師匠の事を殴ってしまったりしませんように──そう願いながら、私は意識を手放した。



 *

 ……軟らかくて、いい匂い?


「ん、師匠……?」


 なんの冗談かと思ったが──これは紛れもない現実だ。師匠は静かで規則正しい寝息をたてて眠り続けている。そして私は師匠にしっかりと抱きつき、その胸に顔を埋めていた。物凄く恥ずかしい。こんなこと、親はおろか恋人相手にだってしたことないのに。


「おはようございます、ヨル」

「おはようございます……その、すんまんせん師匠。抱き枕みたいにしちゃって」


 気恥ずかしさを感じつつ、身体を起こした途端に妙な違和感を感じた。普段寝覚めに感じる気怠さがないのだ。


「どうかしましたか?」

「……なんか普段より身体が軽いっていうか、疲れが取れてる気がして」

「それはなにより」 

「もしかして師匠、私が寝てる間に何かしました?」

「いえ? ただ一晩中貴女が私を抱き締めていただけです」

「…………本当にごめんなさい」

「良いんですよ。人と寝るのも存外、悪いものではありませんから」


 そういって、師匠はやんわりと笑った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

A child dancing for affection. メイルストロム @siranui999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ