十回目の夢

美作為朝

十回目の夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 通勤の途中で、あなたはそう想い直し。あなたはいつもの駅で電車を降りませんでした。そして、あなたは夢の内容のどおり電車に乗り続けます。


 なんの心配もいりません。なんの不安もありません。


 あなたは若い女性でOLです。

 観てくれの良し悪しは世間に任せて、職場ではまだ半人前の若輩者です。

 誰もあなたに重きをおかず大切にしません。

 あなたは酷使されています。無理解な上司に意地悪な先輩。しかしあなたは、生活のためこの無慈悲な職場で働き続けています。

 だから、そんな会社に行かなくても、どうっていうことはありません。

 もとから働くことは誰もが嫌いだからです。

 電車の窓からは、いつもと違う情景が見えてきます。都会に比べ、田舎の光景には癒やされます。

 最初は少し緊張と会社を休む罪悪感から、あなたの気分は少し落ち込んでいましたが、流れ行く穏やかな車窓があなたを楽しい気分ににさせます。


 なんの心配もいりません。なんの不安もありません。


 電車は進みます。どんどん客が減りいていきます。車掌の次の駅を告げる声、窓から少し入ってくるやや冷たい風、流れて消えゆく遮断器の警告音も心地よいものです。線路は海辺の小さな町々をうように走っています。天気は最初は曇っていたのに、あなたの気持ちと同じで良くなってきました。今は太陽に青空です。

 窓からは潮風が感じられました。

 あなたは知っています。このあたりが目的地だとうことを。


「次は、由布ヶ浜ゆふがはま、、由布ヶ浜ゆふがはま、」


 あなたは、車掌の電子的に変換された変わったイントネーションの声を聞きます。

 鉄オタなら喜ぶでしょう。

 声も夢と全く同じです。

 電車は止まり、ドアが自動で開くとあなたは、電車を降ります。

 ここで、降りるのはあなた一人です。電車は静かなモーターの加速音を響かせあなたを置いて去っていきます。

 ホームの反対側は海です。波音が優しく静かに響いています。

 長いホームをあなたは一人歩いていきます。

 駅舎の改札には誰もいません。無人駅です。いつもの公共交通用のICカードでなくあなたは切符を持っています。切符をどうすれば良いのか戸惑っていると、ホームの端っこの小さな花壇をイジっているおばあさんに気づきます。

 ひさしの大きな麦わら帽子を被っていたおばあさんがゆっくり近づいてきました。

 あなたはおばあさんのために駅舎を出てホームに向かいます。


「切符は、そこの改札に置いておけばいいんだよ」


 ひさしの大きさのせいか、日差しが強くなってくたのか、わかりませんが、あなたはおばあさんの表情を伺えません。


「はい、」


 あなたはその場を繕うために返事をします。


「浜辺はあっちでしょうか?」

「見たらわかるじゃろ、踏切はこっちじゃぐるっと回りなさい」

「あの、コンビニなどは、、、」

「そんなもんないね、なんか居るんだったら、小さいスーパーがあっちの方にあるよ」

「ありがとうございます」

 

 そんな会話をしてあなたはペコリと頭を下げると、小さな可愛い踏切を越えて浜辺へ向かいます。



「あぁ、またあぁいうのが一人来たか、最近多いねぇ、世相が悪いのか、、、知らんがぁ」



 麦藁帽子のおばあさんはあなたの背に小さく吐き捨てるように言いましたが、あなたには聞こえていません。

 あなたは、浜辺に出ます。

 浜辺は、海水浴ができるほどの遠浅の粒の揃った心地よいきれいな砂浜ではありません。

 浜は小さく勾配はきつく、藻がうち上げられ、砂の粒もザクザク刺さるようです。

 両脇には、ゴツゴツした大きな岩礁まであります。

 しかし、なにより大きく開けた海があなたの塞ぎ込んでいた心を開きます。

 大きく心地よく開きます。

 あなたはリクルート・スーツと同時に造った。少し仕立てたころからは少しブカブカになったビジネス・スーツを脱ぎ、ブラウスになります。薄いブラウスのように心も軽やかです。

 後ろから声がしました。あのおばあさんの声です。あなたは見なくてもわかります。


「もうすぐ来るよ」

「えぇ知っています」


 そうこれは夢のとおりだからです。九回も見た夢です。

 セリフの一言一句までおぼえています。


 天気の良い青空の下、沖に小さな飛行物体が見えます。人によって呼び方は違うでしょう。

 ある人はUFOと呼び、違う人は月の舟、いやヘリコプター、もしかすると只の飛行機と呼ぶ人もいるかもしれません。

 浄土へ向かう渡海船と呼ぶ人もいるかもしれません。

 そして、は、人間がいや人類のかつての文明が造ったものとは到底思えません。おそらくどんな文学者や作家、詩人でも文字や文章で表現できないでしょう。三流の女子大しか出ていないあなたには到底無理な話です。

 でも、結局ははなんだって良いのです。名前は重要なことではないのです。


「夢より小さいような気もしますが、、」

「みんなそう云うねぇ、気の所為せいだよ」


 あなたは、海に向かっていや性格には沖に向かって歩いていきます。レディースのローファーが濡れました安物です。ベージュのストッキングまで波に浸ります。ストッキングは駄目になるためにあるのです。

 腰まで海にかりました。

 しかし心地よい感覚です。職場に居るより濡れるほうがマシです。

 これも九回見た夢と同じです。

 あなたはさよならも言わず、海の深みに向かって歩いていきます。飛んでいる飛行物体はなかなか近づいてきません。

 こちらから行くしかないのです。

 あなたは、どんどん海に入っていきます。


 なんの心配もいりません。なんの不安もありません。


 そうなのです。心配なんかしてもしなくても、結果は同じなのです。

 不安がろうとも、そうでなくても結果は同じなのです。


 あなたは気づいていません。

 この浜辺のすぐ横に、『入るな危険!』という看板があったということを。

 

 あなたは気づきません。この駅で降りるのではなく、九回も同じ夢を見たのなら心療内科の受付をくぐるべきだということを、、、、。


 夢も現実も認知の差から言えば、同じなのです。

 そう思いそう感じたのだったなら。


 <了>。

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