伊東祥子 第11話



 俺はレナを家まで送ると、そのまま家路についた。


 後の事は、新城達が他の先輩と連絡を取って片付けてくれる事になったので、俺は病院に行って欲しいと聞かないレナを安心させる為、気丈に振る舞って肩を抱いて彼女を家まで送った。


 結局人質を取られる事になってしまった。万が一を想定はしてはいた。凛を家まで行って攫うとかもあるかもと、用意していた秘密兵器。


「見ちゃいやん……か」


 本当はナイフとかも無かったし、ここまでしなくてもいけるはいけたんだが、少しでもレナに傷がつかない様に気を使った結果が、あんなにレナを不安にさせてしまった。


 俺は坂下に向かう階段を降りる。日はだいぶ落ちてしまった。俺は思い出深いこの道で凛を思い出す。感傷深くて女々しいと言われるかもしれない、でも俺はまだ足掻いている。最後の時まで、俺は逃げない。


 俺は坂を降りると、橋へと向かう道を進む。空はほんのりと西側に赤みを残していた。


「あ……」


 そんな俺の進行方向の橋の上に、人影が見えた。そのシルエットは今、自分が思いを馳せていたシルエットそのものだった。


 近づくそのシルエットに、胸が凄く締め付けられ、俺は来た道を引き返したい衝動に駆られる。


 だけど俺は一旦立ち止まり、深呼吸し、心を落ち着かせる。この衝動に従ってはダメだ、今締め付けられた痛みは、きっと誇張されたモノだ。運命がまた、俺の感受性を高めようとしてるのだ。


 俺は再び深呼吸をし、強い意思を持って凛へと脚を進める。


「凛、どうした? こんな所で」

「あ……先輩。先輩を待ってたんです」

「俺を?」

「はい、新城……先輩から、無事解決して、レナ先輩を送ってったって聞いたんで」

「そ、そうか……」


 凛の口から出た新城の名前に、俺は胸が苦しくなる。


(わかってる! わかってても痛いんだ……)


 そういう事だった。どんなにこれは誇張された痛みだと理性で捉えようとしても、実際に痛いのだ。そしてそれから逃げたいとか、嫌だとかって気持ちはどうしても生まれて来てしまう、それが感情なんだ。


「アイツにも世話になった、色々面倒な後片付けを丸投げしてしまったしな?」

「先輩は悪く無いですっ……て、コレ!!」

「あ……」


 少し切れた唇、腫れた頬、近づく事で見えた俺の顔に、凛は両手で触れるか触れないかの位置におくと、悲痛で辛そうな顔で俺を覗き込む。


「大丈夫、そんな酷くないよ。明日には元通りだよ。それに九人全員病院送りにしてやったし、仕返しも充分だ。もうこれでーー」

「九人!? そ、そんなにいたんですか?」

「レナが人質に取られた時はちょっと焦ったけどさ。この、見ちゃいやんが大活躍したんだよ」


 俺はポケットから、スカートが捲り上げられたイラストの描かれたスプレー缶を取り出す。


「み、見ちゃいやん? なんですかそれ……ブッーー」

「面白いだろ? 秘密兵器だ」

「ぷふふふふふ、もぅ! 笑わせないでよっ!! 真剣だったのに……」


(あぁ……やっと笑顔が見れた)


ポフっ……


 凛の頭が俺の胸に落ちてくる。俺はそれにそっと手を置き、空いた手を背中に回す。俺の胸の中にあるなにかが脈動する。


「終業式の日、連絡します。空けといてもらえますか?」

「…………ああ。分かった」


 俺達は抱き合ったまま少しの時間を過ごし、手を振ってさよならを言って別れた。



 俺と凛の最後の日はもうすぐだーー

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