アイドルとクラスメイトでライバルで
小鳩かもめ
アイドルとクラスメイトでライバルで
いつもの放課後。
鴉羽唯人はなんとなく教室に足を運んでいた。部活動を引退してからというもの、どこか集中力が途切れる。今日も図書室で勉強をしていたが、気分が乗らず、散歩がてら構内を散策していた。
外では野球部の新チームが声を張り上げて練習している。
その熱量に負けないほどの歌声が鴉羽の耳に届く。
声の主は教室で激しいダンスとともに歌っていた。
小湊千明。
鴉羽は同じクラスに在籍する彼女のことをあまり好きではなかった。
小学校の頃から運動ができて頭もいい鴉羽はクラス、いや、学校の中心にいた。それに対し、小湊はいつもにこにこしていて人当たりがいいが、あまり前にはでない地味な女の子。
その序列がひっくり返ったのは今年の春だった。
地元商店街がスポンサーになり、三人組のアイドルグループを作った。そのオーディションに受かったのが小湊千明。
商店街が主な活動拠点とはいえ、地域のイベントに司会として参加し、地元のラジオ局、テレビへの出演。CDデビューなど全国的な知名度はまったくないものの地元の間ではそれなりの有名人になった。
クラスメートも今までと対応が変わった。元々人当りがよかったこともあり、彼女の敵はいない。
来月に行われる文化祭でも彼女の単独ライブが計画されていた。
エースで四番の自分が出場する試合よりも、友人は彼女のイベントを優先させた。
目立ちたがり屋の彼のプライドは彼女に折られる。
たまたま選ばれたアイドルというキャラクターというだけでチヤホヤされている。
この気持ちはただの八つ当たりだとはわかっていても納得したくなかった。
興をそがれた鴉羽は足早にこの場を立ち去ろうとしたが、彼女の練習風景が目に入ると、移動する足が止まった。
スマホから流れる音楽に合わせて歌い踊る。彼女の歌声が、彼女の踊りが抜群に上手いわけではない。
それでも彼女は常に笑顔を浮かべている。額に汗を浮かべようが、どれだけ時間が経とうが、その笑顔が消えることも曇ることもなかった。
途中、明らかに鴉羽と目が合っても彼女は微笑むばかりで、練習を止めようとはしない。
どれくらいの時間が経ったのか。下校時間も近づいてくるとさすがに彼女の表情にも疲労の色が見て取れた。それでも口角がゆがむことはない。鴉羽も声をかけるのを忘れただ見入ってしまっていた。
「……て、アドベンチャー」
最後の曲が終わったのか、ようやく室内に静寂が戻る。その瞬間、鴉羽はなにも考えずに拍手をしていた。
彼女は近くに掛けてあったタオルをとり、汗を拭うと、そのままタオルに顔をうずくめて大きく息を吐いた。
「すげえな」
「ありがとう!」
タオルから顔を離した小湊の表情には疲れの色も消え、笑顔に戻っていた。
鴉羽はそんな彼女に思わず見惚れてしまい、次の言葉が紡げなかったは仕方ないことだろう。
「ねぇ、私のライブどうだった?」
小湊の問いに鴉羽は「いや、よかった。次、どのイベントでやるんだ?俺、小湊のライブに行ったことないけど興味持ったよ」と口早になる。
「ありがとう。だったら、文化祭のステージを楽しみにしててよ」
「…文化祭か」
鴉羽は口ごもる。文化祭で小湊のメインステージがあるといっても、所詮は中学校の文化祭。生徒一同が体育館に集められるが、毎年、最上級生しか楽しめない内輪向けの映像を流し、有志によるパッとしない催しが行われるだけ。人数が足りないので、やる気の顧問がいる部員が強制参加させられるといったやる気のないステージ。
去年も冷めた目で見ていた鴉羽にとって、そこまで頑張る必要のないものに見えた。
「それならそんなに頑張らなくてもいいんじゃないか?たかが学祭だろ。みんなまじめになんて見ないだろうから手を抜いたっていいだろ」
「そんなことない。手を抜くなんてダメだよ!」
初めて小湊の笑みが崩れ、まじめな表情になった。
「本気になるのに場所なんて関係ない」
「いや、あるだろ」
周りの空気でやる気は変わる。そういった空気に敏感な鴉羽にとって、だらけた雰囲気の中、頑張るというのはどこかダサいイメージだった。
「もちろん、ファンの声援によって自分の実力以上の力がでることはあるよ。でも、自分の100%を出さないで応援なんてもらえないし、120%の力なんて出るはずないよ。それに、自分の本気を出さないなんて、見てる人にも、頑張った自分にも失礼だよ」
小湊の叫びに鴉羽は押し黙る。
「鴉羽くんだって、さっき拍手してくれたよね?」
「そうだけどさ」
「だったら、みんなの視線を私に集めてみせるよ。だから、見てて。絶対に忘れられないステージにしてみせるから!」
小湊はそう行って教室から出ていった。
文化祭当日。彼女の出番はラストの演目にプログラムされていた。それまでの催しは予想通り内輪ネタも多く、出演している自分たちだけ、あるいは見ている仲間だけが楽しむものだった。必然、そんなものを真面目に観賞する生徒は少なく、隣同士で話すなど、ただただ、一体感もなにもない空間。
もし自分が出ていたら、やる気なくお茶を濁していたかな。
鴉羽は会場の空気を察しながら、周囲と同じように友人たちと他愛ないおしゃべりをしていた。
『それでは最後のステージです。三年二組、小湊千明さんのミニコンサートをお楽しみください』
司会者のアナウンスで小湊が紹介されたが、誰も出てこない。音楽も流れずに、壇上は無人のまま時が過ぎる。
トラブルか? 周囲がざわつき始めても、誰かが慌てている様子もない。自由気ままに話していた生徒たちもどういうことだろうと、会話を打ち切り、壇上に視線を向ける。
一分くらいはそのままの状態だっただろうか。フラストレーションがたまり始めた生徒たちが文句を叫びだそうとした瞬間、会場にはミリオンセラーを記録した誰もが知っているアイドルソングが大音量で流れ始めると同時に小湊千明が登場した。
いきなりのことで言葉を失う生徒をよそに、小湊は会場を縦横無尽に走り回り、全力のダンスと全力の歌を披露する。初めは呆気にとられていた観客も知らず知らずのうちに大きな手拍子をしていた。もちろん、鴉羽もその一人だ。
小湊は曲が終わると、「ありがとうございました~!」と、大きく手を振って、舞台袖へと下がっていく。
二曲だけ。十分にも満たないミニコンサート。
なにも自分の言葉をしゃべっていない。本人の曲でもない、カラオケみたいなコンサート。
それでも、観客の心を掴むには十分だった。
割れんばかりの拍手が館内を包み、最後しか盛り上がらなかったステージも、大成功だったような錯覚に陥った。
「すげえ」
鴉羽の気持ちに変化が生まれた。
鴉羽は文化祭が終わった次の週に行われた小湊が所属するグループのイベントを見に行った。告知もあまりされていない、地元商店街主催のイベントに集まった観客は十数人ほどしかいない。親に連れてこられたであろう子供は椅子に座りながらゲームをしていた。
文化祭よりも自分たちに意識を向けるのは難しい状況。それでも、彼女たちの全力のダンスに、満面の笑みに時間が経てば経つほど観客は引き込まれていく。
子どももゲーム機を手放し、彼女たちを見ていた。
今は十数人かもしれない。けれど、今日、ここに来た十数人は次も見に来たいと絶対に思うだろう。
現に鴉羽がそうだった。
ただ一時間ほど笑顔で歌って踊るだけのお仕事。
それなのに、自分たちは引き込まれてしまった。改めて感動してしまった。
なにより、鴉羽は憧れた。彼女たちみたいになりたいと思った。
目立ちたい。クラスの中心で、学校の中心で、世界の中心で目立ちたい。そのためにはどうすればいいのかがわかった気がした。
鴉羽は野球が好きで、他の部員よりも野球の才能はあった。けれど、自分よりも上手い奴もごまんといるのは知っていた。けれど、そんなものは関係ない。
鴉羽は顧問に頼み込み、引退した身ではあるが無理を言って練習試合に参加させてもらった。
鴉羽は初回から全力投球で飛ばした。単純であるが、彼女たちの真似をすれば自分も注目される、成長できるんじゃないかと思った。
最初から最後まで全力で投げ切る。それがどれだけ難しいことなのかを鴉羽は身をもって知ることになる。
結局、球威が落ちたところで相手打線に捕まり、最後まで投げきることも笑顔を維持することもできなかった。
「やっぱ、すげーんだな」
交代後、ベンチに戻った鴉羽は笑った。あれだけの重労働を常に笑顔でこなすことがどれだけすごいことかわかった。そのためには全力で練習しなければいけないことがわかった。
そりゃ、かっこいいって思うよな。
鴉羽は今まで毛嫌いしてきた基礎練習にも力を入れ、どれだけ実力差があろうが、どれだけ注目されてなかろうが、どれだけ点差がつこうが手を抜くこと、諦めることを辞めた。
高校生になり、常に全力、そして、小湊に触発されて常に笑顔で仲間を鼓舞する鴉羽には今まで以上の仲間ができた。
小湊千明とは卒業式で「さよなら」と声をかけあってから会うことはない。それでも、たまにイベントの告知ポスターで彼女を見かけると、その笑顔はいつものままだった。たぶん、彼女は商店街アイドルの枠を超えて、全国的な人気が出るだろう。
鴉羽は自分の中で勝手に勝負を仕掛けた。
彼女よりも目立ってやる。
鴉羽唯斗のクラスメートにあの小湊千明がいたと言われるのではなく、小湊千明のクラスメートにあの鴉羽唯斗がいたと言わせて見せる。
そのためにはこんなところで負けるわけにはいかない。
鴉羽唯斗は気合いを入れて笑った。
アイドルとクラスメイトでライバルで 小鳩かもめ @kamome1106
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