サムライ・ダンサー

鷲巣 晶

第1話 サムライ・ダンサー

布団の中で目を覚ますと、隣には金色の髪の女が一糸纏わぬ姿で寝息をたてていた


俺も同じく裸で寝ていたようだ


覚えている


俺は、昨晩、この布団の中で、10年ぶりに再開した朱里亜ジュリアとお互いを求め合うように激しい夜を明かした


朱里亜の肉の柔らかさ、体温の熱、女の匂いをまだ、この体が覚えている


昨晩、俺はまるで地獄の餓鬼のように、ずっと恋していた女の肉を貪ったのだ


しかも、それは人の女だと思うと、罪悪感と背徳感、そして武士としてあるまじきことだが、人の女を奪ったという悦びも心のどこかにあった


俺は立ち上がると床に散らばっていた着物を拾い上げる


寂尊ジャクソン様」


目を開けて青い瞳で俺を見る朱里亜


豊かな白い乳房が目に入り、俺は顔を赤くして慌てて目を逸らす


朱里亜は母親の西洋人の血の色が濃く、透き通るような白い肌をしており女神のように美しい


「お目覚めか、朱里亜殿」


「ええ。そろそろ、帰らないと・・・」


朱里亜も着物を拾い上げると、身支度を始める


斎門サイモンのところに帰るのか?」


「私はあのお方の妻ですので」


そうだ


今の朱里亜はかつて『無双廻天流』で共に剣を学んだ『岡村斎門』の妻なのだ


言い訳するつもりはない


俺は親友の妻と関係を持ってしまったのだ


俺はずっと師の娘だった朱里亜が好きだった


親友の岡村斎門も彼女のことを想っていると、分かった時、俺たちは、十八になったら『無双廻天流』と朱里亜を賭けて決闘をする約束をした


しかし、師匠が『無双廻天流』の後継者に選んだのは俺だった


そして、俺は『天下無双の秘剣』と呼ばれる一子相伝とも言える『無双廻天流』の奥義を習得するために、師をこの手で殺してしまった


朱里亜は父を殺した、そんな俺を避けるようになり、そのまま岡村斎門の誘いに乗って上方に行ってしまった


朱里亜の夫であり、俺の親友であった岡村斎門は倒幕運動に傾倒し、上方で長州派の維新志士の仲間に加わり、幕府側の要人を暗殺して行ったそうだ


黒船が浦賀に来航して以来、幕府が倒れるのではないかという噂もあった


しかし、10年前、薩長が同盟を組んで『新政府軍』と名乗り、幕府に戦争を仕掛けてきた戊辰戦争で、新政府軍は幕府軍の前に大敗し、新政府側についた者たちは次々に反逆者として捕えられた


斎門と朱里亜もこの10年、お尋ね者として、日本中を転々として、ようやく、この故郷の長崎に帰ってきた


昨日、町で朱里亜に呼び止められて、俺は彼女との再会を喜ぶと同時に、落ちぶれてしまった友の状況と、愛した女性に同情をした


そして、朱里亜と共に居酒屋で酒を飲んだのがいけなかった


俺は、道場で、いつも三人で連んでいた時から朱里亜のことが好きだった


それは今も、彼女が他の男の物になっても変わらなかった


その思いの10年分が、昨日、酒を飲んだことによって解き放たれたのだ



ーー結果、親友をまた、裏切ってしまった



次の日、果たし状が届いた


送り主は、岡村斎門である


その手紙の内容には妻を寝とったことによる恨みを剣によって果たしたいと書いてある


俺は果たし状に従い、俺は尾林寺という、荒れ寺にやってきた


誰も管理していない竹林の中にある荒れ寺にすでに、斎門と朱里亜が寺で待っていた


斎門は若い頃よりも大分、痩せており、顔色が悪い


しかし、その目だけは冷たく、狼のように凛々と輝いていた


俺を見るや否や、斎門はニヤリと唇を歪ませて笑った


「久しいな。寂尊。朱里亜の具合はどうだった?」


斎門はニヤニヤ笑いながら尋ねてくる


「良かっただろ?こいつの良さは俺が誰より分かっている」


安い挑発だ


そして、分かったことが一つある


斎門は朱里亜と自分が寝たことに怒って果たし状を書いたわけではない


怒っているなら、こんなにヘラヘラ、寝取られた女の具合を聞いてなどくるものか


「随分、京で人を殺してきたな」


俺は反対に尋ねた


斎門の体には血が染み付いている


斬った数は10や20では足りないはずだ


「わかるか?俺たちのような異人の血が混じった子でも差別されない世界を作るために、新政府軍に加わり、我らの維新に逆らう奴は皆、斬り捨てた」


だがどうだ!斎門は叫ぶ


「維新はならなかった。今の俺はただのお尋ね者よ」


「どんな大義があれど人斬りになど、身を堕とすからだ」


「そこにいる朱里亜の父上を、俺たちの先生を斬ったお前に言えることかよ」


「その俺に何を求める?」


「何、簡単なことよ」


奴は腰の刀を抜き放った


大勢の血を吸ったであろう奴の刀は竹林から漏れる陽光を浴びて怪しく輝く


「お前が師から死ぬ前に伝授された『天下無双の秘剣』俺に見せてくれ」


「秘剣を見せれば人が死なねばならぬ」


「死は脅しにならねえよ。維新が成せなかった俺が望むのはただ一つ、『無双廻天流』と『朱里亜』を賭けて、今こそお前と果たし合うことのみよ!」


銀髪プラチナ・ブロンドを振り乱して斎門は切り掛かってくる


キいいいいン


氷が衝突するような冷たく高い音が廃寺に響いた


俺は体を回転させて抜いた刀で斎門の刀を受け止める



『無双廻天流』


それは長崎の隠れキリシタンが自衛にために編み出した剣術であり、日本の剣術と西洋の武術を組み合わせた型に特色がある


その足の運びや体の動作は、見る者には、まるでダンスを踊っているようであった


相手の急所を確実に狙う刀と刀による高速の攻防が始まる


一度、始まれば二人とも、一歩も譲る気はない


一呼吸遅れれば、足の運びを誤れば、剣を振るうのが遅れれば、確実に白刃は、相手の頭蓋骨を割る


相手の呼吸に合わせ、剣を交え、さらに、相手よりも上回るように体を動かす


確かに、剣術とダンスはよく似ている


その時、斎門の体勢が崩れた後ろへと倒れる


俺はそのまま、奴の頭上に刀を振るう


「甘い」


しかし、斎門はその刀の一撃を、鉄を仕込んだ靴で受け止める


そして、体をスピンさせて、俺の腹に蹴りを喰らわせる


ブレイクダンスに良く似た動きだ


斎門は腕をバネにして勢いよく飛び起きると俺に向かって刀を振り下ろした


俺はその一撃を刀で受け止める


「どうした!『天下無双の秘剣』を出せよ。出さねえと俺が殺しちまうぜ」


確かに、斎門は人を斬り続けることで、その剣筋は10年前と別人のようだ


秘剣を出し惜しみできる相手ではない


「・・・そうだな。お望み通り見せてやるよ」


俺は足の運びを変える


足を交互に滑らせることで前に進んでいるように見せながら、後ろに下がる特殊な歩行術だ


この歩行術を『月歩』という


これを高速で通常の足の運びと組み合わせれば、相手は間合いを誤認する


「ふざけるな!こんなお遊戯が奥義とでもいうのか!」


斎門は怒鳴る


・・・そうだ


これはあくまで奥義のための呼び水のようなもの


ここからが天下無双の秘剣の『真髄』


俺は刀を後ろに担ぎ込むように構える


刀の長さを相手に悟らせない構えだ


その状態で高速で月歩と通常の足の運びを続ける


奴は大上段に構えを取った


大上段からの一撃は奴の得意技


道場ならば三本に一本は取られていた


だが、ここはあの頃の道場ではない


「シャアアアっ!!」


奴は大上段から一撃を振り下ろした


だがその一撃は空を斬る


月歩で斎門は完全に俺との間合いを間違えた


俺はそのまま流れに従い、前方に倒れ込むように後ろに担ぎ込んだ刀を振り下ろした


「無双廻天流秘剣・零重力斬ゼロ・グラヴィティ


振り下ろされた刃は斎門の肩から胸部に向かって切り裂いた



月歩により、間合いを誤認させて、振り下ろされた相手の必殺の一撃を放った隙に生じて刀を振り下ろす返し技である


自分の体を倒れ込むように振るうことで刀の間合いを相手よりも延長できる


この剣が『天下無双の秘剣』と呼ばれる所以は、格上の相手でも倒すことが可能であることである


しかし、返し技である以上、習得には、技を教える師を切らねばならぬ


零重力斬ゼログラヴィティと無双廻天流を継ぐことを選んだことで、俺は多くのものを失った


師を、愛した女を、そしてこれから友も失う・・・


「斎門!」


「斎門様!」


俺と朱里亜は倒れた斎門に駆け寄った


「朱里亜は昔からお前のことが好きだった・・・」


斎門は血を吐き笑いながら、俺と朱里亜の手を握らせる


「・・・寂尊、朱里亜、お前たちは共に生きろ」





「斎門、俺が朱里亜と先生の無双廻天流を守るんだ」


「そいつは無理だな。それは俺の役目だからよ。朱里亜は嫁にするし、先生の流派も俺が継ぐ」


「なんだと!俺の方が朱里亜のことが好きだし、剣の腕もお前より上だ」


「言ったな!では寂尊、約束しよう。大きくなったら朱里亜と流派、どちらが物にするか勝負しようぜ。恨みっこなしだ」


「ああ、いいぜ。絶対約束な!」



ーー俺はその日、友を失った。剣に生きるということは何かを捨てることだ。だが俺は剣を捨てられず・・・

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サムライ・ダンサー 鷲巣 晶 @kusyami4

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