じゃんけんに勝ったら

神無月そぞろ

俺らの日常


 なんか変な夢を見たような……?


 起きようとしたら体が重い。っていうか、布団が重い。腹を見ると、やっぱりジュンが寝ていた。


 弟は俺が高校に通うようになってから前より甘えん坊になった。あまりかまってやれてねえから、寂しいんかな?


 ジュンはうつぶせで抱きつくように熟睡している。起こすのはかわいそうだ。目が覚めるまでスマートフォンで時間をつぶすことにした。


 体を動かさないように気をつけながらスマートフォンを取って、写真データを整理しようとフォルダを開いた。すると先頭に動画があった。


 あっ! 夢の内容、思い出した!

 あんな夢をみたのは絶対、氷熊ひょうまのせいだ!


 きのうの昼休み、飯を食い終わってゆっくりしていたら氷熊が急に立ち上がった。無言で俺とロウの前に立つと、片手を突き出してきた。


「天下無双! 氷熊のまいいぃ~!」


 歌舞伎のような動作をすると、いきなりダンスを始めた。


 腕を組んでしゃがむと片足を前に突き出した。腕を組んだまま足を戻し、今度はもう片方の足を突き出した。この動作をくり返している。


「コサックダンスじゃねえか。

 どこが『氷熊の舞』なんだ?」


 指摘すると待ってましたとばかりに、にやっと笑った。


 コサックダンスを続けながら両腕を開いて斜め後ろへ回した。指先はらせて真っすぐにしている。その状態であひる口をしたら、ちょこちょこと走りだした。


「ウケる!」


 大爆笑していたらUターンして戻ってきた。ロウの前に行くと、はあはあと息を切らしながら指さした。


「じゃんけんでロウが負けたら、俺が創作したこの『氷熊の舞』を踊ってもらう!」


 やれやれ……。また氷熊の挑戦が始まった。


 ここ数日、氷熊 vs. ロウでじゃんけん対決してる。きっかけは氷熊がロウの昼飯を狙ったことだけど、じゃんけん勝負すると必ずロウが勝つ。それが悔しいようで氷熊は何かしら条件をつけて勝負を挑んでいるのだ。


「さあ、どうする!?」


「いいぜ」


「よおぉ―――し!」


 ロウが勝負に乗ってきたので氷熊が胸の前で拳を握って気合いを入れた。そして足首を回し、両手首をぷらぷらさせて準備を始めてる。


 そんな氷熊をロウは顔色を変えずに見ている。ポーカーフェースだから読み取りにくいけど余裕っぽいな。


「ただし、俺が勝ったら、『アニソン歌わない』『俺をだしにナンパしない』、『ヒョーマ』じゃなくて『ハルカ』って呼ぶからな?」


 いつもの口調でロウが氷熊に言ってきた。ロウの条件を聞いて氷熊の表情がだんだんと青ざめていってる。さすがロウ、強いカードを出してきたぜ。


 氷熊はアニメ好きでカラオケに行くとアニメソングをメインに歌う。だから歌えなくなるのはツライだろう。


 2つ目も氷熊にはキツイ条件だ。いっっつもロウの名前をだして女子を誘うから、禁止になると手段がなくなる。これは痛手だ。


 でも一番ダメージを受けるのは最後の条件だな。


 氷熊は女の子の名前みたいだからって「はるか」で呼ばれるのを嫌がる。それをわかってやるとは……。じゃんけん対決を封じる気だな。


 ロウの表情を見てみるけど、いつもと変わらなくてよくわからねえ。


 どうなるのか興味があったので黙って成り行きを見守ることにしたら、迷ってる氷熊にロウが話しかけた。


「氷熊が勝ったらさっきのダンス踊ってやる。

 俺が勝ったら今の条件のめよ?」


「どれか1つだけっ!」


「だめだ」


「うぬぬぬっ!」


 氷熊は腕を組んで悩んでいる。でもなあ、これまでの経緯から勝負は見えてるだろ。ちょっとかわいそうになったので助言した。


「氷熊やめとけ。

 これまでロウにじゃんけんで勝ったことねーだろ」


「だから勝ちたいんだよ!」


 氷熊がロウを見るけどポーカーフェースだから表情はいつものままだ。


「ぬぐぐっ。今日こそは勝てる…かもしれないし……」


 諦めが悪いな。


 うんうんうなっていたけど、ぱっと表情が明るくなってロウを見た。


「3回勝負でどうだ!?」


「いやだ」


「ロウ様、お願いです! 3回勝負っ!!」


「だめだ。一発勝負」


 無情な言葉に氷熊は再び青ざめて、うんうん唸り始めた。


 やれやれと思いながら様子を見ていたら、スマートフォンにセットしていたアラームが鳴った。昼休み終了の合図だ。


「時間切れだ。教室に戻るぞー」


 二人に声をかけると準備を始めた。ダッシュで戻らないといけないから、勝負は行われず教室に戻った――。


 きのうの出来事は思っていたより衝撃だったみたいで今朝の夢に現れた。


 夢の中、氷熊とロウがいた。なぜかロウが一人で『天下無双! 氷熊の舞』を踊っている。相変わらずのポーカーフェースで、一つも間違えずに涼やかに踊りきる。終わると立ち上がって、俺に手を差し出してきた。


『ジョウも踊ろうぜ?』


 イケメンにクールに誘われた俺は嫌とは言えず、踊り始めたんだけどうまく踊れない。そしたら氷熊が「ちが――う!」と鞭をピシッと鳴らした。「こうだ!」と踊ってみせ、「さあ、やってみろ!」と言って指導を始めた。


 俺はヒィヒィ言いながらダンスするけど、氷熊にダメ出しを食らって鞭で打たれる。その横でロウが涼しい顔をしながら踊り続けてた……。


 こんな夢、現実では絶対にありえねえ。しかし夢をみたってことは、無意識のうちにロウが踊ってるのを見たいと思ってたんかな?


 スマートフォンに表示されてる動画を選び、音を消して再生した。画面では氷熊がダンスしてるんだけど、ロウが踊ってる姿が浮かんで重なり、おかしくなって笑ってしまった。


「う…ん……」


 やべっ、笑った拍子に体が揺れた。

 腹の上で寝ていたジュンを起こしてしまったか?


「兄ちゃん…ぼくも……」


「ん? なんだ?」


「…………」


 あれ? 返事がないぞ?


 頭を上げてジュンを見るとまだ眠っていて、布団ごとぎゅーっと抱きしめてきた。


 ったく、俺は抱き枕じゃねえぞ。


「……兄ちゃん……」


「なんだ?」


「…………」


「また寝言か」


 おっ? 笑ってる。なんか楽しい夢でも見てんのかな?


 まだ寝ぼけてるけど、そろそろ起きそうだ。


 今日は久しぶりに一日中、ジュンと遊ぶとするか。






――『じゃんけんに勝ったら』  ~高校生の日常~ 了 ――

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