第64回 彼女の笑う、あの春へ
佐々木キャロット
冬を越えて、春
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
深海のような暗闇の中、突如、白い光がはじけた。辺りは暖かな陽の光に包まれ、いつの間にか草原の真ん中に座っている。どこからか、 兎や鹿などの動物たちが姿を現し、僕の周りを囲む。そして、彼女が目の前に立ち、僕にその手を差し出す。誘うように。
「おはよう、アキラ。調子はどうだい?」
「おはよう、ミツクニ。お腹が空いたよ。それ以外は問題なし」
「オーケー。じゃあ、さっさと復活祭に行こうぜ」
冬眠用ポッドから出ると、ミツクニが待っていた。どうやら、少し早く目覚めていたらしい。僕たちは凝り固まった身体を解しながら復活祭へ向かった。
広間は人で賑わっている。僕たちは友達への挨拶もほどほどに、塩漬け肉のサンドイッチと赤ワインを受け取って、空いているテーブルに座った。
「また、あの夢を見たよ」
「あのヒナタさんの出てくる夢か?」
「そう。活動を停止していた脳が覚醒する時に起こる記憶の混濁だって、医者は言うけど」
「そんなに毎回だと思うところはあるよな」
逆光になって薄暗いヒナタの顔を思い出す。生前と変わらない優しい笑顔。いつも差し出された手を握る前に目が覚めてしまう。その手を握れたのなら、彼女は僕をどこへ連れて行くつもりなのだろう。
「俺は夢なんて見たことないしな。いつも気が付いたら春になってるよ」
ミツクニがサンドイッチを頬張りながら言った。乾いたパンのくずがテーブルにこぼれる。
「まあ、元気出せよ。今のうちに楽しまないと、またすぐ、忙しい夏がやって来るぜ」
「……ああ。そうだな」
僕もサンドイッチを頬張る。パン。肉。塩。身体が久しぶりの刺激に震える。一晩しか寝ていない気がしていても、身体の反応は正直である。パサついた口にワインを流し込むと、全身に血の巡るような感覚がした。起きた。そう理解する。
赤や黄色の色鮮やかな飾りが広間のいたるところに施されている。大人たちは宴に興じ、子供たちも笑い声を上げながら駆け回る。いつも通りの穏やかな春だ。
(あと何回、冬眠することになるのだろう)
アキラは思った。この宇宙船が目的地に辿り着くまでに、あと何回、僕はヒナタに会うことができるのだろうか、と。
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