夏、そして秋
忙しい夏が始まった。
エンジニアである僕は宇宙船のメンテナンス業務にあたる。数十年に及ぶ冬の間に発生した異常を、たった数ヶ月の夏の間に全て確認する必要があるので、とにもかくにも忙しい。
この宇宙船における四季は、地球における四季とは異なり、冬眠、つまりはコールドスリープの時期を基準にしている。
星間航行の実現において、コールドスリープの技術は欠かせない。資源と寿命の節約のために、僕たちは専用ポッドの中で長い眠りにつく。しかし、宇宙船のメンテナンスや人体強度の限界などの理由から、定期的にコールドスリープから目覚める必要がある。
僕たちは、起きて作業にあたる期間を「夏」、コールドスリープ——冬眠の準備期間を「秋」、冬眠期間を「冬」、そして、冬眠から目覚めるときを「春」と呼んでいる。
「次の冬まで、あと三日か……」
エナジースティックを齧りながら、ミツクニがぼやいた。
メンテナンス業務も何とか完了し、この夏が終わろうとしていた。一日だけの秋を経て、また冬が始まる。
「次の冬は長いらしいじゃん」
「予定では九十年くらいだっけ。でも、どうせ眠ってるから、感覚的には一瞬でしょ?」
僕もビタミンゼリーのキャップを開けた。爽やかなオレンジの香りがする。
「そうなんだけどさ。やっぱり、終わりってなると、なんか感じるものがあるってこと。夏、早かったなって」
「どうせ、復活祭になったら大はしゃぎするくせに」
「それは別じゃん。肉と酒が楽しめるのはあの時だけだし」
「僕は嬉しいけどな。目的地に近づいてる気がして」
「その目的地がどうなっているかもわからんけどな。先発隊が開拓してくれてるはずだけど、連絡の遅延が大きすぎて、何にも情報ないし」
「こればかりは信じるしかないね」
僕はパウチを握りつぶし、残りのゼリーを飲み込んだ。
秋。冬の始まり。
自分の冬眠用ポッドに入る。時間になれば勝手に温度が下がり、いつの間にか冬眠状態になる。そして、次に目が覚める時には、春。九十年の時間が経過している。
僕はポッドの蓋を軽く撫でた。これは、ヒナタがこの世に遺した発明品だ。
コールドスリープ装置の開発チームに所属していた彼女は、試験運用中に命を落とした。その事故から設計が見直され、今に至る。機密事項が多く、恋人であった僕にも詳しい状況は教えられなかった。きっと、彼女のことだから、自ら名乗り上げてこのポッドの中に入ったのだろう。
春。目覚めるとき。いつも、ヒナタの夢を見る。光の溢れる草原で笑う。彼女は何を思うのか。
悲しさ。悔しさ。寂しさ。虚しさ。僕の何が彼女の姿を見せるのか。
温度が下がり、少しずつ、少しずつ、僕の眠気が増していく。僕は静かにまぶたを下ろした。
夏が終わり、秋を経て、また長い冬が始まる。これから、僕たちは、静かに、静かに、眠り続ける。
静かに、静かに、眠り続ける。
再び目覚める、あの春へ。
彼女の笑う、あの春へ
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