青とオレンジ
昼月キオリ
青とオレンジ
一話 失恋と犬
「好きな人ができたの、私と別れて下さい!」
アスワ。27歳。俺は今日、1年付き合った彼女にフラれた。
トボトボと海沿いの歩道を歩いていると、1人の30代後半くらいの男性が犬と砂浜で遊んでいるのが視界に入ってきた。
大きなゴールデンレトリバーだ。
犬「ワンワン!!」
いいなぁ、お前は元気で・・・なんだか叫びたい気分だったが人前なので我慢していると。
男性が連れたその犬が俺を数秒間見た後、何やら海に向かって吠え始めた。
飼い主「お、おい、急にどうしたんだ?」
飼い主は驚いた様子だ。
犬はずっと必死に何かを訴えるかのように海に向かって吠え続けている。
そうだよな。叫びたい時は叫ぶよな。
犬は周りの目なんか気にしないもんな。
そんな犬の姿を見た俺は何かが吹っ切れたように
その犬の隣に立った。
アスワ「ばっきゃーろー!!我儘言いたい放題言って俺を振り回しておいて好きな人できたから別れてくれ?
ふざけんなっつーの!!」
犬「ワンワンワン!!」
飼い主は唖然としている。口をポカンと開けたまま飼い犬と俺の方を見ている。
当たり前だ。自分の飼い主と、更には見知らぬ男が一緒になって海に向かって叫んでいるのだから。
アスワ「今でも好きだっつーの!!」
犬「ワーン!!」
アスワ「はぁはぁ・・・」
俺が息を切らしているとリードで繋がれたまま犬は吠えるのを辞めてこちらを見る。
アスワ「お前のおかげでスッキリしたぜ、ありがとな」
犬「ワン!!」
犬は俺の気持ちに答えるかのよにワンと短く吠えた。
そこで気が付いた。今の今まで犬と叫ぶことに集中し過ぎていて飼い主の存在などお構いなしだったということに。
アスワ「あ、す、すみません・・・お、俺・・」
急に自分がした行動が恥ずかしくなり顔が真っ赤になったが、ちょうど夕陽が重なりバレずに済んだと思いたい。
飼い主「お兄ちゃん、きっと次はいい恋ができるよ・・・」
飼い主は熱くなった目頭を人差し指と親指でつまむように抑えている。
アスワ「え?な、なんであなたが泣いてるんすか?」
飼い主「いやー、いーいもの見させてもらったよ・・・俺にもそんな時期があったなぁ・・」
男性は何やら自分の過去と俺の現状を勝手に重ね合わせて感極まって涙を流している。
アスワ「は、はぁ・・・」
泣きたいのは俺の方なんだけどなとは言わなかった。
しばらくの間、俺はその人と話をした。犬は隣で大人しく座っている。
そうこうしているうちに夕陽が沈み、辺りは暗くなっていた。
夕陽が消える頃には俺の気持ちはだいぶ軽くなっていた。
あれから二年。今もこの場所に来るとあの頃を思い出す。
犬と一緒に海に向かって叫んだこと。男性の優しい言葉を。
そして夕陽の青とオレンジ。
ミオ(新しい彼女)「ねぇ、どうしたの?」
アスワ「何でもない、ちょっと夕陽を見たら昔のことを思い出しただけだ」
ミオ「ふーん、それってひょっとして元カノにフラれた時のこと?」
アスワ「ゲホゲホ!!」
ミオ「え、やだ、本当にそうなの?鎌かけただけだったのに!ごめーん!」
彼女は顔の前で手を合わせて片目を瞑った。
アスワ「あーいや、うん、大丈夫、もう昔のことだから」
ミオ「夕陽の思い出ってやつ?」
アスワ「まーそんなとこ?」
ミオ「聞きたーい!」
アスワ「え、やだよ」
ミオ「えーいいじゃん〜!」
アスワ「ぜったいにやだ!!」
ミオ「ねぇ・・・その夕陽の思い出って君にとってはやっぱり最悪な思い出だった?」
アスワ「いや、そうでもないよ、いいこともちゃんとあった」
ミオ「そっか!なら良かった」
アスワ「何が良かったなの?」
ミオ「だってこんなに綺麗な夕陽の思い出が悲しいものだなんて寂しいじゃない」
アスワ「・・・例え悲しい思い出だったとしてもいいんじゃね?」
ミオ「えー、どうして?」
アスワ「今こうしてミオと見られてるんだし、いい思い出ができてるじゃん?」
ミオ「君は時々本当にクサイセリフを堂々と言うね」
アスワ「悪かったな」
ミオ「でも、そういうとこ好きだよ」
ニコッと首を傾けて笑うその笑顔は夕陽よも眩しかった。
二話 夕陽と彼女
僕たちはかき氷を食べる時、いつも同じものを頼む。
僕はブルーハワイ。彼女は蜜柑味。
彼女との出会いは二年前。
僕は本が好きでいつも同じ本屋に買いに行くのだが、その店員が彼女だった。
仕事を始めた頃、上手くいかないことが多くて毎日のように凹んでいた僕に彼女はいつも笑いかけてくれた。
もちろん、接客業なので僕だけにそうしてくれている訳ではない。
それでも僕にとっては彼女の存在が支えであり、日常の中の幸せだった。
あるクリスマスの日。僕が本を買いに行き、客が並んでいないタイミングを見計らい、ブーケを彼女に贈ったのが始まりだ。
今思うと、恋人がいるかも確かめずに本屋でいきなりブーケを渡す男。
最悪だ。穴があったら入りたい。
しかし、その時はもう必死で、ただただ彼女に振り向いて欲しかった。
手も声も、それこそ彼女の視界には映っていなかったものの、足もガクガク震えていたと思う。
彼女は嬉しそうにありがとうと受け取ってくれた。
後日、彼女から連絡先を書いた紙を渡されてやり取りが始まり、
一ヶ月後には晴れて交際がスタートした。
彼女にはちょっと変わったところがいくつかあった。
一つ目はバイクに乗るのが好きなところ。
バイクは髪が崩れるしスカートは履けない。
だから最初は良くても毎回デートがバイクだと嫌がる女の人は結構多い。
僕は車を持っていないのでそれが原因で別れた事もあった。
二つ目は字の大きさがいびつなこと。
自分では均等に書いているつもりらしいが、書き終わった後の紙を見るといつも文字の大きさが違っていてガタガタだった。
それでも一生懸命に書いている姿が可愛いので何も問題ない。
そして三つ目はかき氷をいつも蜜柑味にするところ。
かき氷で蜜柑味というとちょっとマイナーというかメニューにない店の方が多い。
大体、いちご、メロン、レモン、ブルーハワイ。
お茶屋さんだとみぞれや宇治金時がある場合が多い。
俺はブルーハワイが好きなので大体どこの店に行っても問題なくありつけるが、彼女が好きなのは蜜柑味のかき氷だ。
だからメニューに蜜柑味があるお店は限られてくる。
探しに行こうか?と提案したことがあったが彼女はこのお店が気に入っていた為、
かき氷といえばいつも同じこの店だった。
バイクの後ろに彼女を乗せて隣町のこの店まで走る。
俺にとって君たちは夏の風物詩カップルだよといつだったか店長に言われたことがあった。
それくらい夏になると僕たちはここに来ていたのだ。
海と夕陽が見える絶景スポットなカフェなのにガヤガヤしていなくて落ち着いた雰囲気がある。
三角屋根が特徴で、木の温もりが感じらるカフェだ。
コーヒーが有名らしいがかき氷しか食べに来たことがないので味は知らない。
数年後。
いつもお昼に来るので知らなかった。
クリスマスのディナーがあるから冬になったらぜひおいでと店員に言われたのを思い出し、二人はお店に向かった。
クリスマス料理を食べ、ケーキが出てくる。
ルイ(22)「あれ?まだケーキは頼んでないけど」
店長「これは俺からのクリスマスプレゼントだ、受け取ってくれ!いつも来てくれてありがとうな」
コトミ(22)「ありがとうございます!」
ケーキを食べ始めると窓ガラスからオレンジ色の光が一気に差し込んできた。
コトミ「うわぁ!綺麗〜!!」
店長「夏の3時4時は青空だったけど、冬になるとちょうどいいタイミングで夕陽が見れるだろう?」
ルイ「はい!」
コトミ「凄いすごーい!ルイ君!店員さん!綺麗だね!綺麗だね!」
子どものようにはしゃぐ彼女の姿に俺も店長の目も口元も自然と緩んでしまう。
ルイ「コトミはしゃぎ過ぎだよ」
コトミ「ルイ君はクールだねぇ、もっとはしゃいだらいいのに」
いやいや、これでも充分はしゃいでるよ。
彼女の飛び切り眩しい笑顔が見れてさ。
なんて、恥ずかしくて口が裂けても言えないや。
三話 青くんと蜜柑ちゃん
人気者の青くん、そして地味で目立たない私は決して交わることがない。そう思っていた。
中学2年の春。新しいクラスの中でも一際目立つ存在がいた。
"青くん"と呼ばれるその男の子はおちゃらけた笑顔が特徴のクラスの人気者だ。
運動神経が良くて勉強もできる。その上、友達も多い。
彼の周りには男女問わずいつも人が集まっていた。
私の特徴と言ったらメガネ、三つ編みおさげ、クラスで一番存在感の薄い女。
運動神経も悪くて鈍臭いからよく転ぶし勉強も平均点以下。
見た目から勉強ができそうだとよく言われるが真実は全く持って正反対。
何とも悲しい特徴。彼を見ているととても同じ人間とは思えない。
クラスの人たちの中には私の名前さえ知らない人も多い。
中学一年の時に仲の良かった子とはクラスが変わってしまい、休み時間にたまに話をしたり、一緒に下校したりすることはあっても前のようにずっと一緒に行動をするというのは当然ながら無くなってしまったのだ。
寂しかったけれど、割と一人が好きなのであまり気には留めていなかった。
青「蜜柑ちゃん蜜柑ちゃん!」
それなのに彼だけは何故か私に懐いてくる。
彼はまるで家で飼っている犬みたいだ。
飼っているトイプードルのコナもこんな感じで尻尾を振りながら近寄ってくる。
人懐っこく、初めて家に来た時から戯れてきたし擦り寄ってきた。
コナと違って青君はさすがに擦り寄っては来ないが。
コナと青君は見た目もどことなく似ていた。
癖毛のクルクルとした栗色のショートヘアが何となくコナと重なる時がある。
青「ねーねー!次の授業家庭科だね!蜜柑ちゃん家庭科が好きだよね」
蜜柑「そうだね」
彼は私と違って周りの目が気にならないらしい。
私は周りの目が気になるし恥ずかしいしでサラリと毎回受け流していた。
だってそうでしょ?私みたいな地味子が青君みたいな人気者と話してたら周りの反感を買う。
いい目で見られないのは容易に想像できる。
それに青君は自分の周りに地味な奴がいなかったから物珍しさで声をかけているだけ。
すぐに飽きるだろうと思っていた。
私と関わっても楽しいことなど一つもない。
それでも彼は一日に必ず一度は私の名前を呼ぶ。
それは半年間ずっと続いた。
私がそれが嫌ではなかった。
秋になると青君から告白された。
中学一年の時。別のクラスにいた時から実は片思いしていたと伝えられた。
私は存在さえ知らなかった。
青君は人気者とはいえ物凄く目立つタイプのキャラではない。
更に言うと、周りの人に興味がなかったから仮に近くで青君の話をする人がいても気付かなかったと思う。
もしかしたらそういったことが今までにあったのかもしれない。
私が知るずっと前から好きでいてくれていたのだと知って正直飛び跳ねたいほど嬉しかった。
私が告白の返事を受け入れると彼は飛び跳ねて喜んだ。
私は青君みたいに自分の気持ちを素直に表現できないのでそんな彼が羨まししくもあり、そんな自分がもどかしくもあった。
下校時。帰り道。
彼と私は家が反対方向だというのに一緒に帰る日はいつも私の家まで送ってくれた。
前に一度、「悪いからいいよ」と断ろうとしたら「変な奴に絡まれたら危ないから」と言われた。
私が、「私みたいな女誰も狙わないよ」と言ったら彼は「不審者の心情は分からないけど、俺みたいに蜜柑ちゃんに惹かれる人はいるよ」と真剣な表情でそう言われた。
初めて見る彼の顔だった。
蜜柑「恋人の名前がなんか青と蜜柑って不思議な感じする」
青「そう??青と蜜柑・・・あ、じゃあ俺たちってあの夕陽と同じ色じゃない!?」
青は頭の中で青色と蜜柑を想像するとパッと後ろを向いて指を刺した。
蜜柑「え・・・?」
振り返ると、彼が指を刺す方向には空が色鮮やかに青とオレンジ色に光っていた。
青「ね!!」
にぱっと人懐っこい笑顔を向けられればうんと答えるしかない。
私はこの笑顔に弱い。
蜜柑「う、うん、そうだね」
青「あれ、顔赤いけど大丈夫?風引いちゃった?」
蜜柑「夕陽のせい」
青「あー!確かに!そこら中赤く染まってるもんね!」
蜜柑「そうそう」
そう言って茶化した彼の顔も赤かった。
きっと今、私の顔と彼の顔は同じ色。お揃いの色。
あの夕陽と同じ色だ。
四話 夕陽みたいな彼
レオ「僕と君を合わせたらあの夕陽みたいな色になるんだろうね」
オーストラリアに海外留学を始めから一年。彼がそう言った。
レオ(19)はフランスから留学に来ていた。
目の前には青とオレンジに染まる空と海が広がっていた。
風が二人の間を駆けていく。
レオ「僕、アオが好きだよ」
青野青子。19歳。あだ名はアオ。
ただでさえ苗字に青が入っているのに名前にまで青を入れなくてもいいのに。
もっと可愛い名前が良かったと昔から自分の名前は好きではなかった。
親に抗議をしたこともあったが、両親は海や空と同じ色なんだからいいじゃないかとさらりと交わされてしまった。
海や空の色が好き。それは分からなくもないけどそれでもどこか納得できずにいた。
けれど、彼が青色を気に入っていると聞いてからは青が二つ入った自分の名前も悪くないと思えたのだ。
レオ・ロイヤル。
彼の癖っ毛でオレンジ色の髪が潮風に揺れて前髪の隙間からは水色の瞳が見える。
女ながらにその笑顔はこの世の誰よりも綺麗だと思った。
私が「レオは夕陽みたいな人だね」って言った時、
「ありがとう、でも僕は君と揃って夕陽になりたい」ってちょっぴり臭いセリフを吐いた。
そんな彼のことが愛おしくて仕方がなかった。
正直驚いた。
ずっと素敵な人だとは思っていたけど恋愛対象としては見てこなかったから。
彼はフレンドリーな人だから私もみんなと同じように接しているのだと思っていたから。
その時、私は初めて彼の本心を知った。
本当は心のどこかで気付いていたのかもしれない。
彼が私を好きでいてくれていたこと。
私も彼のことがずっと好きだったこと。
でも、私たちは住んでいる場所が遠くて一度離れたらもう二度と会えなくなるとそう思っていたから。
だから彼の気持ちを見ないフリをして自分の気持ちにも
蓋をした。
そんなこと関係なかったんだ。
彼が誠実な人なのは知っているし、私も一人の人をずっと好きでいるタイプだ。
お互いが好きなら本当に心から大切に思い合っていたなら大丈夫だったんだ。
最初に告白をされた日、私は返事ができなかった。
気持ちをすぐに口にすることができなかったのだ。
彼は優しく返事はいつでもいいと言ってくれた。
留学の期間は二年。ここに来て一年経ったからあと一年だ。
3ヶ月後。
私はレオに告白された場所に誘った。
海から少し離れた場所にある岩場に隣同士で座る。
しばらくの間、レオは海を眺めていた。
レオ「どうしたのアオ?」
夕陽の中、彼の顔をじっと見ていたことに気付いた彼は私に質問をしてきた。
私が告白の返事をしようとしているのを彼は気付いている。
彼は感がいいから他人の気持ちを汲み取る力があり、私はそんな彼を尊敬していた。
レオは私が緊張しないように気付かないフリをしてくれている。
本当にレオは優しい人だ。私には勿体無いくらい。
どうしても伝えなくちゃいけない。
私が日本に、彼がフランスに帰ってしまうその前に私の本当の気持ちを。
青子「私もレオが好きだよ、待たせてごめん」
レオ「え、本当に!?」
青子「うん」
レオ「やったぁ!嬉しいありがとうアオ!!」
レオはそう言って私を抱き寄せた。
青子「んぐっ、ちょ、レオ苦しい」
青子はペシペシとレオの肩を叩く。
レオ「ごめんアオ、でも僕、嬉しくて」
レオが心から喜んでいる声を聞いて夕陽の効果かもあってセンチメンタルな気持ちになり泣きそうになるのを必死で堪える。
レオ「会いに行くからもう少しだけ待ってて」
青子「うん、待ってる」
前日の夜。
バーで話をしている時、明日、海に行かない?とアオに誘われた。
きっと告白の返事をしようとしてくれているんだ。
最初に僕が告白した時、アオは困っていた。
だから僕はこれ以上、アオの困った顔を見たくなくて今すぐに返事をしなくていいと言ったんだ。
すぐにフラれるだろうと思った。
でも、アオからデートに誘われた。
この半年の間も何度か遊びには行ったけど、カフェやバーだけだったし、そのほとんどが友達も交えてだった。
海に誘われた時、返事をしようとしているとすぐに分かった。
その返事がYESであるのも分かった。
アオが僕をフろうとしているのなら、わざわざ僕が告白した場所を彼女は選ばない。
アオはそういう人だ。
それからアオが日本に帰るまでの間、勉強以外の時間はデートの時間に使うようになった。
もちろん友人達との交流もあるのでお互いに負担にならないように配慮しながら。
カフェでたわいもない話をして、夕陽を見に海に行った。
九ヶ月間。毎週のようにデートを繰り返した。
アオが日本に帰る日。
僕がフランスに帰るのは次の日だった為、空港まで友人達を連れてアオを見送りに行った。
僕とアオは恥ずかしさとか周りの目とかそんなもの気にならないほどに感情が高ぶり、お互い泣きじゃくった。空港で通りすがりの人たちがこちらを見る中、友人達に宥められながら僕たちは別れた。
一年後。
アオと離れてからこの一年間、僕たちはメールや電話でのやり取りを続け、ついに日本で会うことになった。
カフェで会って話しをしていると、
アオから「いずれフランスに住みたいと思っている」と打ち明けられた。
僕は指輪も買っていないのにその場でプロポーズをした。
青子「よろしくお願いします」
アオは一瞬驚いたもののすぐに返事をしてくれた。
レオ「え、本当にいいの?指輪もまだないし何の準備もしてないけど」
青子「もう少しも待たせたくないの」
告白の返事を待たせてしまったことをアオは気にしていた。
アオの為だったら僕はいくらでも喜んで待つのに。
僕の気持ちを考えてくれたアオの存在が嬉しい。
その時、夕陽の光がカフェの店内を照らした。
青子「綺麗だね」
レオ「アオの方が綺麗だよ」
青子「恥ずかしいってば」
レオ「何も恥ずかしがることないよ、僕は本当のことを言っただけだから」
青子「もう」
そう言って頬を膨らませたアオを夕陽が照らして髪も瞳もキラキラと光る。
愛おしくていつまでも眺めていたいほどだった。
僕は夕陽よりも長く彼女をずっと眺めていた。
五話 最後の船旅
船の旅。
ミナ(24)。案内係の仕事を始めて数週間。
今日は初めて船の旅に同行している。
この船には色んな人たちが乗っている。
家族連れの人、恋人と来ている人、友人達と来ている人、一人で来ている人。
そして今、私の目線の先にはひと組の老夫婦がいた。
互いに向かい合って椅子に座っている。
旦那さんの方が奥さんの方に身体が椅子から滑り落ちるのでは!?と思うくらいに傾いたまま話している。
何とも微笑ましいその光景は目的地にたどり着くまでずっと続いた。
到着後。島の案内係役の私と先輩が皆んなを誘導する。
しばらくしてさっきまで仲の良かった老夫婦が口喧嘩を始めていた。
「私は和食が食べたい」「俺はお好み焼きが食べたい」とどうやら何を食べに行くかで言い合っているらしい。
お互いプンプンしている様子だったものの、キツイ喧嘩ではなかった為、私は両方食べれるお店があると伝えた。
この島の店を調べておいて正解だった。
すると二人は目を見合わせた後、私の方を見て、「巻き込んですまないね」「ありがとう」とお礼を言ってきた。
先輩にもやるじゃないと褒められた。
ホッとし、これでもう大丈夫だろうと思っていると帰りの船に乗ろうとした二人はまた何やら言い合いを始めている。
「おじいさんが街を歩いていた娘さんに見惚れていた」とか「おばあさんこそカッコいいサーファーの人に見入っていた」とか。
どうやらまた痴話喧嘩をしているらしかった。
私は他にやらなければならない仕事があったので二人をそのまま放っておくしかなかった。
あの二人、大丈夫だろうか。
いつもあんな感じなのだろうか。
私にはあいにく、口喧嘩ができる相手はいないのでその様子を見て少し羨ましくも感じていた。
帰りの船。
夕陽を見る為にお客さんたちは皆看板に出ていた。
手が空いた私は不意に先程の老夫婦の姿を見た。
すると二人は手を繋いで寄り添うように夕陽を眺めていた。
その姿を見ていた私に先輩が話しかけてきた。
先輩「何一人でニヤニヤしてるの?」
ミナ「すみません、微笑ましくてつい」
先輩「あー、あの二人?」
ミナ「はい」
先輩「あなたは今年入ってきたばかりだから知らないでしょうけどあの二人ね、毎年この時期になるとこの船に乗りに来るのよ」
ミナ「へぇ!仲いいんですね!喧嘩は結構してましたけど」
先輩「私の中であの二人の痴話喧嘩は名物みたいなものよ」
ミナ「め、名物って・・・」
先輩「あ、これ秘密ね」
そう言って先輩は人差し指を唇に当てた。
ミナ「は、はい」
先輩「あの二人ね、私がこの仕事始めてから来てるの、もうかれこれ10年になるけどお互いを傷付たり怒鳴ったりは一度もしてるの見たことないもの」
ミナ「これからも見守りたいですね」
その言葉を聞くと先輩は寂しそうに応えた。
先輩「それは無理じゃないかしら」
ミナ「え?」
先輩「おじいさんの方が身体がもう厳しいんですって、
だから今日が最後なんだって言っていたわ」
ミナ「そ、そんな・・・」
先輩「人は老いていく生き物よ、でもね、これだけは忘れないで、思い出だけは絶対に消えないの」
ミナ「はい、そうですね」
老夫婦は私たちに気付くと小さく手を振ってくれた。
これが私が見た二人の最初で最後の夕陽の思い出だ。
青とオレンジ 昼月キオリ @bluepiece221b
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